Episode 34 彼女たちの思惑

34-1.情けない

 新学期の朝、その衝撃の事件は起きた。

 池崎正人が小暮綾香と一緒に登校してきたのである。

 まさに衝撃。新学期恒例の賭けをしていた船岡和美は愕然とした。

「なんで?」

 しかもそれは習慣化したらしく数日に渡って続いた。晴天の霹靂。


「いいじゃないですか。仲がますます深まってるようで、それが船岡さんの望みだったのでしょう」

 この件に関して坂野今日子は相変わらずそっけない。

「やー」

 さすがに和美も顔を曇らせ始めた。

「あたし余計なことしちゃったのかな」

「今頃反省したって遅いですよ」

「ごめん」


 今日子は腕組をしてため息を吐き出す。

「にしたって、なんて顔をしてるんでしょうね、彼は」

 とても好きな相手と順調に愛を深めている男の顔ではない。

「馬鹿ですよねえ。直感で動くしか能のないタイプの癖に頭を使ったりするからああなるんですよ」

「だから安西と気が合うんだよね」

「誰のせいだと思ってるんですか」

「面目ない」


「池崎くんもしょうのない」

 せっかく目をかけられていながら、自分からドツボにハマって身動きできなくなってしまうとは情けない。

 一ノ瀬誠の牙城は崩れない。やっぱり彼は強すぎる。


 と思っていたけれど、その日の放課後、廊下の窓から何か見下ろしている中川美登利を今日子は見た。

「美登利さん、お帰りですか?」

「うん、今日子ちゃんは?」

「私は図書館に寄るので」

「そう。じゃあ、さよなら」

「はい。また明日」


 見送って、彼女が階段を下りていくのをきっちり見届けてから同じように下を見る。

 池崎正人が一年生と一緒に体育館の窓拭きをしていた。

「……」

 コインは回っている。裏が出るか表が出るかはまだわからない。そうっと息を吹きかけてみるのもありかもしれない。

 そんなことを感じ始めていた。





 駅前商店街のはずれにある喫茶「ロータス」は今日も閑古鳥が鳴いていた。

「よう」

「これお土産。いろいろお世話になったから」

 志岐琢磨は黙って眉を上げた。

「不味いコーヒー飲むか?」

「そうだね」


 コーヒーカップを持ち上げながら美登利は琢磨に尋ねる。

「私に黙ってることあるでしょ」

「会ったか?」

「まあね」

「余計なことかと思ってな」

「教えておいてほしかった」

「悪いな」


 気まずそうに額を撫でる琢磨に美登利は笑う。

「心配してくれたんだよね」

 でもね、と目を伏せる。

「私だってこの三年、ただ泣いてただけじゃないんだよ」

「……」

「もう負けない」


 持って生まれた得体の知れなさで有無を言わさず威圧して相手に膝を折らせるのが中川巽なら、口八丁で相手を自在に操るのが村上達彦。

 そしてそのハイブリッドなのが中川美登利だ。三年前の経験ははからずも美登利に教訓を植え付けた。

 これもまた達彦にとっては計算外のはずだ。

(さて……)

 一番強いのは誰なのか、琢磨には予想もつかない。

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