30-6.発展途上の年齢

「貸してみて」

 ぽんぽんと手の中で慣らした後、達彦は器用に投げ始める。久しぶりだが上手くできた。

「手元じゃなくて、上を見るのがコツだよ」

「すごい! 先生より上手」

 それが初めて自分に向けられた笑顔だった。

「みっつもできる?」

「よっつまでできるよ。昔教えてくれたばあさんは五個でも六個でもできたな」

 すごい、すごいとはやし立てられ嬉しくなってしまった。男は単純である。


「おばあちゃんに教わったの?」

「赤の他人のばあさんだよ。近所に住んでて米や野菜をくれた。うちは貧乏だったからおもちゃもなにもなくてさ、おまけに母親はしょっちゅう寝込むから外に遊びにも行けない。そしたらそのばあさんがお手玉をくれてさ。こんな女の遊びなんかって思ったけど、けっこう暇つぶしにはなったな。無心になれるんだよね、こういうの」


 そこで小学生相手になにを話しているのかと我に返った。

 だけど美登利は、にこにこと優しい眼差しで達彦の話を聞いていた。

「いい人だね。そのおばあさん」

「……そうだね」

 今でこそ頷くことができたけど、当時は憐れまれていることが惨めで情けなかった。親切にしてもらったことは山ほどあるが、自分はきちんとお礼が言えていただろうか。今になって思い返す。


 この子の眼差しのせいだ。いつものように敵意も冷たさもない、こんな優しい目を不意にされたら心なんか簡単にさらしてしまう。


 そこで気がついた。

 彼女を知りたいのならこうやって自分から胸を開けば良かったのだ。偉そうに操ろうとしたりしないでありのままで接すれば、きちんと応えてくれる子なんだ。


 自分はどれだけの人にそんなふうに対することができただろうか。短い人生を振り返りたくなった。





 巽がまた絡まれている。今度は同級生の男子。試験の結果がうまくいかなかったから中川巽に当たっているらしい。

 遠くて聞こえないが言っていることは想像がつく。巽が笑顔で何か答えて、男子生徒は男泣きで走り去っていった。


 あほらしい。ため息をついていたら巽が近づいてきた。 

「彼みたいな人ってなにがしたいのかわからないよ。僕を罵って自分の成績が良くなるわけでもないだろうに」

 正論だ。だけど人は、自分たちのような発展途上の年齢であるならなおさら、正論通りになんて生きられない。

 周囲の評価や態度に振り回され、その日のうちに何度だって言動をころころ変えてしまう。

 そういう年頃なのだ自分たちは。それを巽はわかっていない。

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