24-5.執念

「守れ! 体を張って守れ!」

 だが安西はその壁を一気に飛び越えた。

「ちょ……、あれ、反則! 宙返りとか反則!」

 白石が叫んだがルールにはそんなことは明記されていない。

 度肝を抜かれた尾上に身を守る術はなかった。


「白組総大将、獲ったぞおお」

 わっと歓声があがった。


『なんと、紅組! この競技は紅組が勝ちました!』


「マジか」

 あーあ、と白石が空を仰ぐ。


「やった、やったよ、池崎くん」

 安西が走り寄ってきたと思ったら他の紅組メンバーも駆け寄ってきて正人のまわりに人の群れができた。


 ふう、とそれを眺める美登利のもとに尾上貞敏が来た。

「踏み込みが甘かったな」

「ごめん」

「まさか、おまえがやられるとは」

「ごめんって」

「仕方ないな」


 尾上は既に悟りの境地のようであったが、美登利はこぼさずにいられない。

「やっぱり、勝ちたかったなあ」

 クッと尾上が笑う。

「……なにさ?」

「いや、以前安西が言っていてな。勝ち負けにこだわる執念ってヤツについて」

「池崎くんにはそれがあった?」

「そういうことだ」

「私だって勝ちたかったけど」


 俯いてつぶやく美登利を気遣わし気な顔になって尾上が見る。

「ところでおまえ、顔色悪くないか」

「気のせい、気のせい」

 ハチマキを取りながら美登利はひらひら手を振った。





 結局最後のスウェーデンリレーも紅組が制し、紅組の総合優勝でもって体育祭は幕を下ろした。


「悔しいだろ、当麻。また後から勝負だーとか言い出すなよ」

「ばーか、言わねえよ」

 椅子の背もたれに器用に座りながら当麻秀行は白いハチマキを取る。

「文化祭が終わったらおれら受験にまっしぐらだぜ。んなこと言ってられっか」

「そうだなあ」

「あとは文化祭だな、思い切り楽しもうぜ」

「おー」


 三年生にとって最後の夏が始まる。最後の夏が……。





「着いたぞ」

「ん……」

 なかば意識のない美登利を抱えるようにして誠はバスを降りる。

 いつもは冷たく感じる美登利の手が熱い。

「もう、いいから、おぶされ。ほら」

「うん……」


 彼女を背負って中川家に急ぐ。

「いくつになっても、まったくおまえは」

「でも、楽しかったよね……」

「……」

「最後だもんね……」

「まだ、最後の最後じゃないだろう」

 返事がない。

 誠はため息をついてずり落ちそうになる彼女の腕を押さえて抱えなおした。

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