18-4.とんでもなく恥ずかしい
和美が言うのに恵の目が一瞬泳ぐ。
「ん? どうした?」
「いえ……」
外野の認識では正人が綾香に告白したことになっているようだ。薄々感じてはいたが、これではますます話がしにくい。彼は一言だって綾香を好きとは言っていないのだ。
だけどそれを言ったなら「じゃあ、どうして花をくれたりしたんだ」となるわけで。気を持たせたりしたのか、となるわけで。
「池崎くんて、天然ですよね」
思わず恵はつぶやく。
それまで黙っていた美登利が顔を上げた。
「つまり、いつスイッチが入るかわからない」
恵にというより、向こうに向かって話す。
「そういう相手の真意をあれこれ詮索する前に、自分が覚悟を決めることの方が先なんじゃないかな」
(覚悟?)
衝立の向こうで綾香は少し顔を上げる。
「確かに、心の準備は大事大事」
和美がかぶせるように言うのを聞いて、そういうことかとまた恥ずかしくなる。とても自分が嫌だった。
「綾香ちゃん、元気出しなよ」
「うん……」
定期を買いに行った恵を待ちながら、綾香は駅前の様子を眺める。
自分は思っていたよりずっと子どもなのかもしれない。枠組み通りにしか見れていない。正人のことも、恋愛のことも。
でもやっぱり好きだから、心はどんどん欲張りになる。好きだから一緒にいたい、触りたい。同じように自分を想ってほしい、求めてほしい。
それは綾香にとっては当然のことで、そしてやっぱり好きだから、こんな気持ちを本人に話すことはできない。嫌われたくないから。
堂々巡りなことをまた考えていたら、ロータリーの向かいの通りを中川美登利が歩いているのを見つけた。
船岡和美と坂野今日子の姿はなく、今度は一ノ瀬誠が一緒にいる。
綾香はなんとなくそのままふたりを観察する。
向かいからスーツケースを引いた年配の女性がやって来てすれ違う。前を歩いていた誠が後ろの美登利をかばうように左腕を上げた。
その手に「大丈夫」というように美登利が少しだけ自分の左手を重ね、ほんのわずかの間、指と指が絡まって、すぐに離れた。
そのままふたりはその先のバス乗り場のほうへ行ってしまった。
一部始終を見ていた綾香はさっきよりもずっと頬が熱くなるのを感じていた。
指が少し触れ合うのを見ただけなのにとんでもなく恥ずかしい。見てしまってごめんなさいというこの心境。
「? 綾香ちゃん?」
戻ってきた恵に訝し気な顔をされたが綾香はなにも言えなかった。
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