8-5.「それは俺も知らない」
今日は自分一人でできるから帰っていいと片瀬が言ってくれ、正人と拓己はそれに甘えて早めに帰ることにした。
買い物に行くかと話し合いながら商店街の方へ足を向ける。
イベント広場の前を通りがかったところで拓己が足を止めた。
「宮前さんだ」
イベントの際にはステージが作られる土台の脇に高校生たちがたむろしている。その中のひとりがこっちに向かって手を挙げた。
「おう、拓己じゃねえか」
北部高等学校の二年生、宮前仁だ。地域一帯の不良グループを取り仕切る櫻花連合の現総長でもある。
来い来いと手招きされて拓己はそっちに走り寄っていく。宮前が自分のことも呼んでいるのに気づいて正人は後に続いた。
「時間があるなら俺の話し相手になってくれ。コーヒー奢ってやるから」
手近な者に缶コーヒーを買いに行かせた後、宮前は彼らを解散させた。
自分たちだけになったところで拓己は正人に話した。
「池崎知ってる? 宮前さんは三校を股にかけた男って言われてるんだ」
「小学部まで西城にいて中学は青陵、で高校は北部に行ったからさ。これであと江南高に転校すれば『四強を渡り歩いた男』になるんだろうな」
自分で言って宮前は笑う。
「中川と綾の字はうまくやってるか?」
「そうですね、喧嘩はしてないですよ」
「そいつは良かった」
「綾小路さんと知り合ったのっていつなんですか?」
「綾の字はもともと市外の小学校にいたんだよなあ。中学で西城に来たから、それを無理やり中川が引っ張ってきたんだ。初めて会ったのは小学生のとき、五年……六年のときか? 中川が初対面の綾の字に果し合いを申し込んだんだ」
「なんで……」
思わず正人は唸るようにぽろっと言う。
「なんでって、その頃中川は強い奴と見たら片っ端からやり合っててさ。デキるって思ったんだろ。交流試合で見つけた綾の字にも目を付けたわけだ。そしたら綾小路ときたら……」
おかしくてしょうがないらしく、笑いをこらえながら宮前は続けた。
「こう言ったんだとよ」
『女と交える拳はない』
「んで中川が激怒してさ。さんざん押し問答したあげく誠が提案したんだと」
『なら僕と勝負しよう』
「自分は中川より腕が劣るから、その自分に負けるようなら綾小路のが下なんだろうって」
「それで、どっちが勝ったんですか?」
興味津々で拓己が尋ねると途端に宮前は渋い顔になった。
「それは俺も知らない」
「そんなあ」
「あいつら三人が三人とも口を固くしちまって今でも教えてくれないんだ。拓己、おまえ聞いてこいよ」
「宮前さんにも話さないことを僕なんかに教えてくれるわけないじゃないですか」
「そこをなんとか」
「無理です」
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