7-8.やばっ

 生徒会、風紀委員会、中央委員会の一年生たちは問答無用で参加を義務付けられていたので、生徒会副会長の本多崇や正人らもチーム分けのくじ引きに加わる。


「まだ始まってないの?」

 庭園作りにかかりきりで、ドッジボール大会にはわれ関せずでいた美登利が顔を出した。ジャージ姿で軍手をはめたまま扉の外から船岡和美に訊いている。

「今チーム分けできたとこ。もう始めるよ」


「まったくあなた方ときたら、飽きもせずいろいろ始めるものよね」

 三年の岩下百合香までやって来た。

「気分転換に見ていってあげるわ」


 そんなこんなでようやく試合開始、ジャンプボールでゲームが始まる。

 時間は五分。予習の甲斐あってテンポよく進行していく。


 赤チーム外野の正人に内野の杉原からパスが渡る。アタックせずに内野にパスを返そうとした正人の眼の端に、澤村祐也が美登利に話しかけているのが映った。

 視線が、そちらに向かってしまう。手元がするりとコントロールを失う感触。

(やばっ)


 ストレートにスローするはずだったボールは勢いはそのままに対角線上にコートを横切り百合香の顔面へ。


「あぶないっ」

 皆が叫ぶよりも早く、ボールは腕を伸ばした美登利の手で受け止められていた。

「あっぶな……」

「百合香先輩! 大丈夫ですか?」

 線審を務めていた坂野今日子と和美が駆け寄る。


「この、野蛮人どもが……」

「待て、投げたのはこいつ。こいつだから」

 魔女の形相で怒りに震える百合香に口々に正人を突き出そうとしたものの、

「だまらっしゃい! 誰がやったとか関係ありません! 大体あんたら男ときたら、いつもいつも訳のわからないことを始めて……」


「やばいっ。百合香サマが怒った」

 きゃーと蜘蛛の子を散らすように皆が逃げ去っていく。

「聞いてるの! 男どもはこれだから……」


 もはや試合どころではない。言い出しっぺの当麻も仕切りに仕切っていた綾小路も早々に姿を隠してしまっている。


 こうして、今度の試合もまた、結果を残すことなく幕を下ろしたのである。




 このときの綾小路の啓蒙が功を奏したのか、公式ルールのもとゲームを楽しもうとドッジボール愛好会なるものがひそかに誕生するのは、それからしばらく後のこと。

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