5-5.会いたい
幸絵がこぼしたのを聞いて、誠は顔を上げる。
「美登利さんが早退するかもしれないからそのつもりでいてって。電話するからって。本当に目ざといの。誰に似たのかしら?」
それでは巽は美登利を学校に行かせないようにすることもできたのだ。
それでも妹の好きにさせ、いざとなったら助ける方を選んだ。日直当番や笛のテストを気にしていた彼女のために。
そう悟り、誠は思い知ったのだ。
巽のまなざしは常に冷静で誤りがなく、その行動は沈着で隙がない。誠は彼が慌てたり感情的になったところを見たことがない。
いつも、落ち着いた静かなまなざしで美登利のことを見守っていた。
巽のように、ならなければ。
ずっと一緒にいたいから。そばにいたいから。巽のように、ならなければ。
そうしていつの間にか無理をしていた。自分をなくしていた。余裕なんてまるでなくて。
『誠はお兄ちゃんとは違うよ』
そう言われて、自分は安堵したのか、絶望したのだったか。それももう、今となってはよく覚えていない。
夜になって、美登利の手が空いた頃合いを見計らって電話をかけた。
「今大丈夫か?」
『うん』
「綾小路が用があるようだったけど、連絡いったか?」
『ああ、紗綾ちゃんの誕生日プレゼントがどうのってメール入ってた』
「今日さ、巽さんに会ったよ。一緒にロータスに行った。宮前もいて」
『……そう。タクマ元気だった?』
「あいかわらずだよ」
『うん……』
言葉少なに彼女が黙ると、電話越しに虫の音が聞こえてくる。夏が終わるのだという寂寥感。
「もう切るか?」
『ううん。いいよ。もう少し』
「うん、もう少し」
ぽつぽつと降りてくる彼女の声が寂しさをかりたてる、夏の終わりの夜。
畳の上に携帯電話を転がして、美登利は仰向けに寝転んだまま板間の天井を見上げる。開け放した窓から月明りが差し込んで、電気をつけなくても薄明るい。
濡れた髪を乾かさなければ。思って体を起こそうとするけどなかなか起き上がれない。重く押しつぶされているようで。できもしないことを、また考えてみたりする。
切ってしまおうか。もう、髪を。できもしないのに考えてしまう。
『髪が長い方がかわいいよ』
巽がそう言ったから、切れなくなってしまった、髪を。
会いたい。
美登利はのろのろと腕を上げ、両の目を覆う。
本当は、会いたいんだよ。
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