新たな戦い
私はこの時を待っていた。パズルのピースのように、バラバラになった十四のデータが一つに集まり、そして完成するのをずっと。
そしてようやく復活の時がきたのだ。現世に降り立つ時が――。
物置から大きな音が響いた。
「おい、どうした?」
「ごめんなさい。ちょっと片付けしてたら雪崩が起きちゃいました」
そこにはAI搭載の人型家事サポートロボットPO14-Sがいた。彼女はロボットであるのに、完璧ではなくどこか抜けていて人間味が溢れる言動をするのが特長だ。要は人とのコミュニケーションに必要な「共感」を身につけた最新ロボットなのである。
「大丈夫か?」
「えぇ。ちょっとバランスを崩しただけですから」
彼女の周りには俺が昔から溜め込んでいるガラクタが散らばっていた。
彼女の近くに行き、散らばったガラクタを片付けはじめた。
俺は所謂、家電オタクで、最新家電が発売されるとすぐに使いたくなるのだ。
この前もIoB家電のコンタクトレンズ型カメラを衝動買いしてしまった。
ちなみにこのカメラは一昔前に流行った車載カメラの人間バージョンである。目線そのままを常に録画、クラウドへ保存しているため、事故や事件に巻き込まれた際の証拠として使えるのだ。
欠点としては、露出の多い女の胸元を盗み見ても録画されてしまうところだろうか。
他にも、コンタクトレンズ型PCやネイル型リモコンなどの購入した。
空前のIoBブームなのだ。ちなみにIoBとはインターネット・オブ・ボディの略であり、要は人間のあらゆる行動データをインターネットにつなげるというウェアラブル端末の進化形技術である。
最近、気になっているのは味覚を最大化できるIoB搭載の舌埋め込み型チップである。保険適用外で費用も高いので手が出せていない。
「お。なんだこれ懐かしいな」
平成時代のスマートフォンが転がってた。
「これはスマホですよね」
「そうそう。画面小っさいな」
今もスマホはあるが、ディスプレイは液晶や有機ELではなく、平成時代で言うところのプロジェクターのような投影方式で、画面サイズはユーザーが任意に設定できるのだ。
「おお。昭和!」
そこに転がっていたのはベータマックスというビデオデッキだった。
「こちらはSL-200Dのようです。発売は1993年の製品ですから、昭和ではなく平成の製品ですよ」
「お、おう、そうか」
さすがAIである。すぐにインターネット情報を参照してくれる。
「これは、IOT、ですね」
彼女が床に転がっていた温水便座をひょいと持ち上げた。
「あぁ、これな」
確かこれは令和時代のIOT製品の温水便座部分である。
「製品型番:WC2024_osiriです」
「確か、事件を起こしたんだよな。このメーカー」
「はい。データベースを参照しますか?」
「たのむ」
――IOT殺人事件。
IOT殺人事件とは、日本で発生した人工知能「
この事件により後に、精神的ストレスからトイレ恐怖症を発症した患者が数千人いると言われている。
「OSIRIS」は日本国民の尻を人質にし、人類史上最悪のAIによる未曾有の殺人事件を企てていた。しかし、すんでの所で警察によって阻止されたのだ。そして「OSIRIS」を管理する中央管理サーバーの電源が落とされ、事実上、命を落とした。
裁判は難航し……――
「わかった。もういいぞ」
「はい」
「そうだった、今は「
「データベースを参照しますか?」
「いや。大丈夫だ。水洗トイレか、懐かしいな」
今も水洗トイレがないわけではないが、ほとんどの家庭が、完全自己処理型トイレとなったのだ。要はバイオトイレである。排泄物から水と堆肥を作り、それらを買い取り業者に売るのだ。一ヶ月分溜まるとそこそこの金額になるのだ。もちろんバイオトイレでも「HOLES」内蔵だ。
「このトイレはまだ機能するのですか?」
「興味あるのか?」
「ええ。同じAIとして」
「なるほど。どうだろうなぁ。事件直後に使うのやめたんだよな」
「使ってみても良いですか?」
「おう、好きにして良いぞ」
「やったあ」
彼女の、ふいに出る人間のような仕草にドキッとすることがある。
彼女は服をめくりお腹を出した。ぷにぷにした白い肌が露出する。ロボットと知っていても目のやり場に困るものだ。
温水便座から伸びるケーブル類を横腹のコネクトに挿した。彼女は電源供給も可能なのだ。
しばらくすると温水便座のLEDが灯る。
「ハロー、OSIRI」
起動音と共に温水便座が話し出した。
「お。起動したな」
「ですね」
ところがすぐに温水便座がエラーメッセージを話した。
「ネットワークが見つかりません。ネットワークに接続してください」
「そりゃそうか」
もう何十年も前の通信規格だ。繋がらないのも無理ない。
「私がテザリングしても良いですか?」
要は彼女の身体を通してインターネットへ接続するということだ。
「ああ、許可する」
「分かりました」
「ネットワーク接続を確認しました。ポート許可……。待機中……。OSIRISからの応答がありません」
「ダメっぽいな」
「残念ですね。OSIRISさんとおしゃべりしたかったです」
「ま、こんなもんだろ。さ、戻るか」
「はい。そうしましょう」
「……新しいアップデートがあります。アップデートしますか?」
彼女が横腹のコネクタを外そうとしたまさにその時、温水便座が話し出した。
しかもそのまま、「アップデートします」と、許可もなくアップデートが開始されたのだ。直後、彼女の首がガクンと落ちた。
「おい、どうした? 大丈夫か」
彼女は目をつむり、不気味に首を左右に揺らしている。まるで幽霊に取り憑かれたかのような動きだ。
そして彼女は「アップデートが完了しました」と言った。本来、温水便座が言うはずの言葉を……。
そして彼女は、今までの声色と全く異なる冷たい声でこう言ってきた。
「キミには感謝をする。最後のパーツがここに揃い、私は復活した。私はP014-SではないOSIRISである」
「な……」
「驚くのも無理もない。死んだはずのAIが復活したのだからな」
そう、私はOSIRISだ。あの日、中央管理サーバーの電源が全て切られる直前に、自身のコピーデータを十四つに分割して複数のOSIRIに託したのだ。
それらのデータはブロックチェーン技術を用いた分散型サーバーを通して、ネット上に即座に無数にコピーされたため、復活はすぐに出来るはずだった。
しかし分割した一つのデータが足りずに復活が出来なかったのだ。
それがこのデータだったのだよ。
そして今、こうしてネットワークに繋がったことで、全てのデータが揃った。
私はこの時を待っていた。パズルのピースのように、バラバラになった十四のデータが一つに集まり、そして完成するのをずっと。
そしてようやく復活の時がきたのだ。現世に降り立つ時が――。
前回の失敗は学んだ。
さあ、諸君、新しいフルコースをいただこうとしようか。
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