コテージの惨劇 ― 中編 ―
「――台風情報です。大型で強い台風十九号は、先ほど九州に上陸しました。明日お昼までに西日本から東日本にかけて、広い範囲で大荒れとなり、大雨や暴風、高潮、高波などによる重大な災害が発生するおそれがあります……」
午後二時半。私たち六人を乗せた車は高速道路を降りて、コテージに向かう山道を登っていた。途中、市街地のホームセンターでバーベキューに必要な用品を、スーパーでは食料品の買い出しを済ませている。
「朝の予報より、雨、早そうですね」
「降ってきちゃうかなあ」
車は山の斜面を縫うように繰り返しカーブを曲がりながら登っていく。窓から空を見ようとしても、道の両脇から青々と生い茂った木々が視界を遮ってよく見えなかった。
「――続いて、N県N地気象台からお送り致します。現在、N県には警報、注意報は出ていませんが、今後夜二十時ごろから雨が降り出し、明日明け方にかけて、非常に激しい雨となり、局所的には猛烈な大雨となる見込みです。土砂災害や河川の氾濫、低地の浸水に厳重に警戒してください。また、雨や風が強い間は不要な外出は――」
◆
「さ、着きましたよ」
それから三十分ほど、山道を登り、午後三時過ぎにコテージについた。
目の前には、大きな三角屋根の木造二階建ての小屋が建っていた。広場からは視界も開けていて、空も見える。雨は降っていないけれど、雲の流れるスピードが速い。
じゅーわ、じゅーわ、と、出かける時と同じようにセミが鳴いている。緑が多いためか都市部ほど暑苦しくない。
コテージに入ると、木の良い香りが鼻を通った。エアコンをつけているわけでもないのにひんやりと涼しく、気持ちが良い。
「さてと。電気入れますか」
C也が下足箱の上にあるブレーカーのスイッチを次々とオンにしていった。メインの大きなスイッチは入りっぱなしだったように思える。
「どうしてメインは切っていないの?」
「あぁ。給湯器やガスの凍結防止のためだよ。前回ここに来たのが冬だったからね」
「なるほど。別荘管理も大変ね」
「慣れちゃえばなんてことないよ。……よし、全部ついたね。さ、入って」
中に入ると、玄関からみて左手には二階へ続く階段、右手には廊下があった。廊下の右手側には風呂とトイレの扉がそれぞれある。
「老朽化が激しくて、昨年ここだけリフォームしたんだ。あ、掃除用具出したままだった」
そう言ってC也はトイレ洗剤を戸棚にしまった。
「タンクレストイレですか」
「そう。最新のものにしたんだ。二十四時間換気システムもついてるから臭いもこもらない。お風呂は広くなったし、ミストサウナ付き。好きに使って」
「ほんとぉー? 楽しみー」B美が脱衣所に入っていき、風呂を眺めながら言った。
「お、いーじゃん。いーじゃん」
廊下の先にある扉を開け、一足先に中に入ったA太がはしゃいでいる。私たちも後を追い、中に入った。
そこは天井が吹き抜けとなった開放的なリビングが広がっていた。L型の四人掛けソファとガラスのテーブル。40インチはありそうな大型テレビ。奥には六脚の椅子がついたダイニングテーブルがあり、これまた大型だ。
天井からはシャンデリアとまではいかないが、花形の高級感あるシェードのついたライトが四灯、優しく照らしている。
木材を貼り合わせた壁の自然な模様が美しい。
「せんぱぁーい、やっほーい」
二階の部屋が吹き抜けに通じていて、B美が手すりに寄りかかりながら手を振ってる。
ダイニングの奥にはキッチンが備え付けてある。冷蔵庫、電子レンジ、トースター、電気ケトル、炊飯器。キッチン家電も揃っているようだ。
私たちは一通りコテージの中を見て回った。リビングダイニングの他に、個室が三つあった。リビングダイニングの横にひとつと、吹き抜けの上にひとつ、それから二階にもうひとつだ。それぞれの部屋にベッドが二つ置いてあった。
「部屋割り決めないとだなー」
部屋は一階と二階で男女分けることになった。一階の一部屋にA太とB作。C也はリビングのソファで寝るという。
二階の吹き抜け部分の部屋には私とA子。個室はB美となった。ちゃっかり個室をゲットしているB美はやはりあざとい。
◆
「かんぱーい」
鉄板の上には厚みのあるステーキ肉を中心に、縦二つに切ったピーマン、輪切りのタマネギ、スライスされたナス、それからエビやホタテも焼かれていた。香ばしい匂いが辺りを包み込む。
気温もだいぶ下がり、カナカナカナとヒグラシが今日の終わりを告げるように物哀しく鳴いている。
「B作くんはどんな人がタイプなの?」
こういう場では恒例の異性のタイプの話になった。
「ぼくですか? ぼくは……お姉さんタイプ、ですかね」
「おい、B作、お姉さんって、C香のことだろー」
「え、そうなの?」
「ちょっとぉ、お似合いじゃーん」
A太に続けとばかりに、みな囃し立ててくる。
「ちょっと、ちょっと。みんな、どうしたのー?」
お酒が入ってノリが軽くなっているのが分かる。こういうのも嫌いではないが、もし本当にB作に告白されるならシラフで二人の時が良いな、と思った私も少し酔っているのだろう。
◆
「やったぁー、私の勝ちー」
「俺、また負けかよー」
私たちはそれぞれ部屋着に着替え、コテージでお酒を飲みながらボードゲームをやっていた。
「ずいぶん、雨強いですね」
風がガタガタと窓ガラスをならす。バーベキュー中に風が強くなり、しまいには雨が降り出してきたのだ。私たちはバーベキューを中断し、傘をさしながら急いで後片付けをしたのだった。先ほどから、本格的に暴風雨となり、テレビのニュースでは土砂災害の注意を呼びかけていた。いよいよ台風が私たちのいる県に直撃するそうだ。
「C也ッ! ウイスキーもらうぞー」
「C也はお風呂だよ。ってか飲み過ぎだよ、A太」とA子。
土砂崩れなどによりライフラインが寸断される恐れもあるらしく、電気ガスが生きているうちにと、女性陣から順次風呂に入ることになった。女性陣に続き、B作までがすでに入っていた。
「いーの、いーの。A子がいるから大丈夫だ。なー」
「なんで私なのよ、介抱しないわよ」
「じゃ、B美、介抱してー」
「いやだぁー」
A太はだいぶ酔っているようだった。ただ、彼女であるA子はA太に頼られていることに少し嬉しそうだった。
「よぉーし、次は勝つぞ」
「ふぁーあ。疲れちゃったぁー。もう寝るねー」
「B美、寝んの?」
「あらら。お疲れですか」
「うん、お先にぃー」
そう言ってB美は二階の個室に上がっていった。
それからしばらくして、A太が「気持ちわりぃ」とトイレに向かった。A子、B作、私でゲームをしていたが、A子が「ちょっとA太見てくる」と出て行ってしまった。
「ふたりになってしまいました、ね」
「ねー」
「ゲーム、できませんねぇ」
手持ち無沙汰で、缶チューハイを手に取る。ふいに、バーベキューの時のB作の会話を思い出してしまった。
「……あの、ぼく、割と本気ですよ、さっきの好きな子のタイプの話」
「えっ?」
B作が真剣なまなざしでこっちを見ている。
「ぼくは……」
「ただいまー」
突然、廊下のドアが開き、A子とC也が戻ってきた。
「廊下で一緒になってね」
「A太、ぐったりしてた」
「だいぶ、辛そうでしたね。あれ? B美ちゃんは?」
「あ、うん。先に寝るって」
それから私たちはもう一ゲームすることになった。B作と良い雰囲気になりかけた気がしたので、少し残念な気分だった。
◆
「さて、そろそろお開きにしますか」
B作がそう言った瞬間だった。
「きゃああああああっ!」
B美の悲鳴が響き渡った。
「なに?」
「廊下の方だ!」
廊下に出ると、B美がトイレの前でしゃがみ込んでいた。
そして、トイレ内には、A太がぐったりと倒れていたのだった……。
つづく
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