コテージの惨劇 ― 前編 ―

 夏休みももうすぐ終わる九月の半ば。私たち大学仲間六人は、隣県のコテージへ一泊二日の旅に出かけることにした。


 朝の八時半、A子から「そろそろ出てきてー」という連絡を受け、荷物を持ち、マンション前で迎えを待った。

 じゅーわ、じゅーわ、とセミが鳴いている。朝から暑苦しい。

 六人乗りの白いミニバンがすぐにやってきて、私の前で停まる。スライドドアが開くと、A子がひょっこりと顔を出してきた。

「おはよー。さ、乗って」

 A子に促され、車の後部座席に乗る。車には既にA太とB作も乗っていた。B作が運転席でA太が助手席である。

「C香さん、おはようございます」と、B作がにっこり微笑みながら言う。

「うーすっ」とピースサインをした手を額にあてながら挨拶をするA太。

「ふたりともおはよー」私は前の座席に向かって挨拶をした。

「それじゃあ、出しますよ。次はC也さんのところですね」

 B作はそう言って車を出発させた。B作は、私の一個下で、大学三年生だ。今日は運転手役を買って出て、朝早くにレンタカーを借りに行ってくれた。

 私と同じ文学部所属で、いつも何か本を読んでいるメガネ男子。落ち着いていて、優しく感じの良い後輩くんだ。

 それから私の隣に座っているのはA子。彼女も私と同じ文学部所属の大学四年生。色白で艶々の長い髪、もちもちの肌。昨年のミスコンでは準優勝してしまうぐらいの美人さんだ。

 なぜ優勝できなかったのか、私は疑問に思っているけれど、本人曰く「身長がちっこいのがダメだったんでしょうね」と言っている。

 確かに身長は私の方が高い。私の唯一の取り柄だ。でも彼女は容姿の他に、頭も良いし、運動神経も良く、料理上手なのだから、うらやましい限りである。

 そんな才色兼備なA子と付き合っているのが、助手席に座っているA太だ。

 彼は経済学部の四年生。美容師にいそうなおしゃれ茶髪と、整った口ヒゲ&あごヒゲ、スラッとした体型の美形男子。

 イケメンでカッコイイとは思うけれど、私の苦手な、いわゆるチャラ男系なのである。

 今、車の中ではヒップホップというか、レゲエというか、そんなイケイケな音楽が流れている。たぶん……いや、ゼッタイこれは彼の趣味である。頭を揺らしてリズムを刻んでいるし、歌を口ずさんでいるから間違いない。


 ◆

「そろそろC也さんの家に着きますよ」

 B作が大きな国道から左折して住宅街に入っていく。

 C也の父親はかなり有名な開業医らしく、それでいてお金持ちのようである。C也は大学進学のため、独り暮らしをしていて、その借りている部屋が結構広いらしい。私は行ったことがないけれど、男性陣はよくC也の家で飲み会をしているみたいだった。

 そしてその飲み会時にC也が今回の旅行を提案したらしい。

 というのも、これから向かう隣県のコテージというのが、C也の両親の別荘なのである。せっかくの夏休みだから、別荘でバーベキューでもしようとなったようで、私たちが誘われたのだった。

 ちなみにC也は父親譲りの医学部……というわけではなく、理工学部だ。私からするとどちらも難しい学問には変わりない。

「C也おぼっちゃま、お迎えですぞ」

 A太が助手席の窓を開け、手を振ってる。

「やめーい」

 C也はA太に近づき、振っている手を払いのけた。仲が良さそうだ。

「C香、ドア開けてあげて」とA子。

「ん、りょかい」と私。

 ポーン、ポーンという開閉音とともに電動ドアがゆっくりと開く。

「A子ちゃん、C香ちゃん、おはよー」

 さっそく、C也が三列シートの最後部に乗り込んできた。

「さ、あとはB美だな。よし、いくかー」

 A太はヒップホップ系音楽に合わせ、先ほどよりもノリノリで頭を動かしている。


「今日、これから台風直撃なんでしょー? コテージ、大丈夫かな?」

 A子が後ろを向き、C也と話す。

「心配しなくても大丈夫。コテージって言っても掘っ建て小屋みたいな感じじゃなくて、普通の家だから、吹き飛ばされる心配はないよ」

「そっか、よかったぁ」

「朝の天気予報では、日付が変わったあたりから暴風雨に入るって言っていましたよ。だからバーベキューもできると思います」

 B作が運転しながら補足した。

「バーベキュー、たのしみー」

 

 残すはB美である。B美はB作と同じ三年生、学部はA太と同じ経営学部だ。私やA子よりも長身の上、童顔でかわいらしい。その容姿を活かし、男性を誘惑する小悪魔系女子である。

 この前なんて、講義室で椅子に座りながら上目遣いで「のど渇いちゃったぁ」と、A太を誘惑していたのを目撃してしまった。

 恐らく彼女は六人の中で誰よりも腹黒い性格だと思う。


 ◆

「あれ? B美さん、いませんねぇ」

 どうやらB美のアパートに着いたらしく、B作が車を停めた。確かに周りを見てもB美は見当たらない。

「あいつ、寝てんじゃねーの? オレ見てくるよ」

「なんで、A太が行くのよー」

 A子がムッとした口調で、ノリノリでシートベルトを外しかけていたA太に言った。そりゃそうだろう。

「私、行ってくるよ」

 座席位置的にも、立場的にも私が行くのが賢明だ。

 私はミニバンを降りて、二階建てアパートの階段を上った。一番奥の部屋の呼び鈴を鳴らす。

 しばらくすると、扉が開き、B美が顔を出した。

「C香せんぱぁーい、おはようございますぅー」

 彼女は目を輝かせながら私をみている。

「お、おはよう」変にうわずった声を出してしまった。

「今、出るんで待っててくださあい」

 テレビを見ていたらしく、朝のニュース番組の声が奥から聞こえてきた。

 エアコンの涼しい風が部屋から流れてくる。もしや彼女、始めから外で待つ気などなかったのではないか、と思ってしまう。

 ややあって彼女の準備が完了し、車には六人全員が揃い、白のミニバンはコテージに向かって走り出した。


 ◆

 一般道から高速道路に入り、一時間程走ると、「そろそろトイレ休憩にしましょうか」とB作がパーキングエリアへと入っていった。

 A太の選曲も一巡し、みな飽きてきたころだったので良い気分転換だ。

 私も外に出て、大きく伸びをした。外はまだまだ暑かった。ただ、クーラーの効いた車内に長時間いたので、私にはちょうど良く感じた。


 十五分ほど休憩をし、車は再び走り出す。 

「つーか、さっきのトイレ、すげー臭かったんだけど」

「確かに臭かったですね。女性陣は大丈夫でした?」

「臭かったあー」

 私はトイレに行かなかったので分からないが、どうやら強烈な下水臭がしたそうだ。空気の籠もった個室での下水臭はなかなか耐えがたい。

「臭いと言えば。プールの塩素臭だよね」C也が話に加わってくる。

「あー、アレ、臭いよね」

「消毒してるって感じがするぅー」

「そう思うよね。でも、実は違うんだよ」

「え、どういうこと?」

「実はあれ、塩素の臭いじゃなくて、三塩化窒素っていう化学物質の臭いなんだ」

「さすが、理工学部、詳しいね」と私。

「いや、面白いのはここからなんだ」C也は一拍おいて話を続けた。

「この三塩化窒素、トリクロラミンとも呼ばれ、塩素と窒素化合物が混ざることで生成されるんだ。そしてあのプールの臭いを発生させる。目が赤くなったり、肌が痛くなるのもこの三塩化窒素のせいなんだよ。それからコイツに刺激を加えてあげると簡単に爆発する危険物でもあるんだ」

「プール大爆発じゃん」A太がケラケラと笑う。

「まぁ、爆発するほどの量はプール内にはないけど、毒性のある刺激物だから身体には良くないよね。で、問題はこの原因。塩素と窒素化合物が混ざり合ってできるって、さっき言ったよね。塩素は消毒するために使っているとして、窒素化合物って、さてなんでしょう」

「あ、私知ってるかも。アンモニアじゃない?」A子が答える。

「そう、正解。アンモニウムを含む尿、つまり人間のおしっこが塩素と混ざることであの臭いが発生しているんだ」

「え、じゃあ……」

「そう、プールの中で、おしっこしてる人がかなりいるってことだね」

「うわっ。まじかよー。最悪だなプール。俺以外にもいんのかよ」

「ちょっと、A太、あんたもしてるの?」

「え、俺ぐらいならいいかなって」

「あんた、何様よー。さいあくー」

 A子とA太の会話のやり取りを見て、B作が「相変わらず仲が良いですね」と笑い出す。

 B美が「うそぉー。A子せんぱい、本気でイラッと来てますよぉー」と言う。

 そんな会話をしながら、私たちはC也両親が所有するコテージに向かっていった。




つづく。


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