過酷な健康診断

 朝九時過ぎ。俺は会社指定のクリニックに来ていた。クリニックは会社がある場所とは異なり、俺の家からは若干遠い。だがしかし、普段の通勤と同じ時刻に家を出たので、受診予定時刻の九時には当然だが間に合わなかった。

 まあ仕方ない。昨日も深夜までゲームをしていたため、いつもより早く起きることなどムリなのだ。

 

 クリニックの受付に着くと、「おはようございます」と中年女性の事務員が挨拶してきた。看護服を着ているから看護師かもしれない。

 看護師ならば、もう少し若くて可愛い女が良かったなと、内心、落胆した。

 メインは二次元だが、決して三次元を捨てたわけではない。三十年彼女はいないが、決して三次元に興味がないわけではない。

 俺には出会いがないのだ。出会いさえあればいくらでもモテるのだ。

「あの……、今日はどんな?」

 俺が将来の夢を妄想していると、中年女性が訝しげな顔で尋ねてきた。このババアめ。俺の夢を壊しやがって。

「ああ。すみません。今日は会社の健康診断でして……これです」

 俺は事前に記入していた問診票をカバンから取り出し、中年女性に渡した。

「ありがとうございます。保険証もありますか?」

「あ、はい」

 中年女性は、問診票と保険証を見比べながら、なにやらチェックしている。

「今日は健保指定ドックですね」

 そうなのだ。今日は人生初のドック経験なのだ。彼女が出来る前に、アレを卒業する前に、ドックを経験するのだ。しかしまあ、それとこれは別である。

「採便はされてきましたか? ありましたら出して下さい」

 マジか。女に俺のクソを渡すなんて人生初の経験だ。容器に入っているが、俺のクソには変わりない。中年女性ではあるが、女には変わりない。俺はクソを渡すような趣味はないが、これが若い看護師ならば――

「ありますかー?」

 中年女性がまたしても訝しげな顔で尋ねてくる。またしても、俺の妄想を邪魔しやがって。

「あ。すみません。どうぞ」

 カバンの中から採便容器の入った緑の袋を取り出し、渡した。

 その後、検診方法について説明がされた。なにやら検査着に着替える必要があるらしく、検査着と更衣室のロッカーのカギを渡された。仕方がない着替えてやるか。

「着替え終わったら、またこちらへ戻ってきて下さい。採尿しますのでしばらくトイレには行かないで下さいね」


 着替えが終わり、再び受付に戻ると採尿カップを渡された。

「こちら採尿カップになります。お名前確認して貰ってもいいですか?」

 採尿カップには俺の名前と年齢が書いてあった。

「はい。それで大丈夫です」

「それではね。あちらにトイレがありますから。ここの二十五のメモリまで尿を採っていただき、トイレの壁に小窓がありますから、そこを開けてカップを置いて下さいね。終わりましたら、あちらでお掛けになってお待ち下さいね」


 男性トイレに入ると、小便器で採尿をしている人が何人かいた。小便器が埋まっていたので、俺は個室に入り採尿を始めた。

 便座を上げ、便器の水が溜まっているところめがけて放尿する。片手で自分のモノを支え、もう片手で採尿カップを持つ。

 しばらく尿を出したところで、採尿カップを差し出し、尿を溜める。クソ。撥ねた尿が手に当たってしまった。

 ジョボジョボと音を立てながら、林檎ジュースのような色の尿がカップに溜まっていく。

 二十五のメモリと言われたが、最終的に五十のメモリぐらいまで溜まってしまった。まあいいだろう。大は小を兼ねる、だ。

 個室を出て、トイレの壁にある小窓を開けると、すでにいくつかの採尿カップが置かれていた。見たところ俺の尿が一番濃いように見える。

 カップを置き、尿のついた手を洗い、待合室に戻った。



「あ。おはようございます。今日、健康診断だったのですね」

「お、おう」

 待合室には同僚の男がいた。部署は異なるが、俺と同じく三十歳とあって、たまに話すことがある。

 コイツは彼女がいて、しかも同棲していて、さらに昨年末にプロポーズして、今度、結婚するそうだ。なんたる幸せ者なんだ。リア充死ねッ! 健康診断結果がE判定になってしまえ! 何がだ、コノヤロウ。


、多いですね、人。これからですか?」

「まだ相手もいねぇよ……あ? あぁ人多いな。まだ採尿しかしてないよ」

 妄想と現実がごっちゃになって聞き間違えてしまった。

「……そういや彼女とは順調なのか?」

 失言を取り繕おうと、柄にもないことをつい訊いてしまった。

「ええ。何とか。でもつい先日、検便を彼女に馬鹿にされちゃって。ははは」

 のろけか。のろけなのか。

「彼女、うんこ、うんこ言ってくるのか?」

「えっ! なんで知ってるんですか? そうなんですよ、ほんとにー」

 マジか。リアルか。俺はただ、俺の愛読書である『転生して勇者になったが、異世界の食べ物がクソ合わなさすぎて下痢をする』の魔法少女のセリフを述べたまでだったのだが、リアルでそんなヤツがいるのか。

 俺の嫁は、三次元ではコイツが嫁にしているのか。なんたるヤツだコノヤロウ。


「――それにしても、バリウム検査、憂鬱ですよね。ぼく次なんですよ」

「え? あぁ」

 魔法少女との会話を妄想していて話を聞いていなかった。バリウム検査後の下痢も魔法少女に消してもらいたい。

 俺はクソを見られる趣味はないが、魔法少女になら見られてもいい。

 待合室からは「エックス線検査室」と書かれた、バリウム検査をする部屋が見える。

 その部屋から、マスクをした若い女性――おそらく放射線技師だろう――が出てきて、同僚の男の名を呼んだ。

「あー、ついに呼ばれました。行ってきます」

 男はバリウム検査に向かった。あんな可愛い女性に検査されるなんてこれは良きだ。最高かよ。バリウム検査が楽しみになってきたぞ。

 

 ――だがしかし。俺が採血、身長、体重、視力、聴力などを検査し、いざバリウム検査となった時、俺は男の技師に呼ばれたのだった。しかもその男、オネエ系なのだ。


「あらぁ。バリウムは初めてかしら」

 ガチのマジのオネエ系じゃねぇか。魔法少女はどこに行った。

「それじゃあね、検査方法を今から話すから、しっかり聞いててくださいね。まずはこの発泡剤をシロップと一緒に一気に飲んでくださぁい。それからアタシの指示で、バリウム造影剤……そう、その白い液体ね。それをゴクゴクと全部飲みきってくださぁい」

 ヤヴァい。初体験のバリウムがかなりヤヴァい。



「いいですかぁー。ゲップは、が・ま・ん、ですよ。それでは胃の中をアタシに全部見せてくださいねー」

 俺は台に寝かされたまま、グルグルと回される。右へ左へ横になれと指示され、言われるがままに変な体勢にさせられる。

 ウワアアァ。ツラい。なんだこの羞恥プレイはッ! 誰か助けてくれ!

 バリウムなんていやだあああ!

 魔法少女よ、俺をこの場から消してくれえええッ!

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