クリスマスの夜に
彼女と同棲を始めて1年と少しが過ぎた。クリスマスの今日、ぼくは彼女とクリスマスディナーの約束をしている。
早々に仕事を済ませ、東京駅から待ち合わせ場所のホテルに向かって歩く。
ブランドショップが建ち並ぶ丸の内仲通りの街路樹は、光り輝くクリスマスイルミネーションで彩られている。
立ち止まって写真を撮っている若い女性グループ、手を繋いでイルミネーションに見とれている恋人たち、高級外車から降り立った仕立てのよいジャケットを着た年配の男性と、ゴージャスなコートを着た若い女性。
様々な人が冷たい風が吹く中、幸せそうな笑顔で今日をここで過ごしている。
有楽町で働く彼女はすでにホテルに着いたという。
ぼくは少し早歩きで通りを進んでいく。イルミネーションは帰りに彼女と見よう。
「ごめん、ごめん、遅くなったー」
「ううん、全然ー。ねぇねぇ、これかわいくない?」
彼女は1階のショップにいて、商品の赤のニット帽を被って見せた。
黒のロングコートとベージュのマフラーに、帽子の赤がよく映える。
「良いね、かわいい」
「ほしいなー。そんなに高くないんだよ」
彼女が瞳を輝かせる。クリスマスプレゼントは昨日渡したのだが、まぁこのくらいならと、「いいよ」と言った。
「やったぁ」
彼女は嬉しそうに目を細めた。
会計を済まし時計を見ると、ちょうどディナーを予約した時間になった。
「良い時間だね。じゃ行こっか」
「うん」
33階のレストラン直通のエレベーターから降り、ウェイターに名前を告げると、「お待ちしておりました」と窓際の席まで案内してくれた。
「わぁー。すごい……」
高い天井まで届く壁一面のガラスの外に、東京の夜景が広がっていた。
キラキラと輝くその夜景を見た彼女が感嘆の声を漏らした。
中央には新宿の高層ビル群が建ち並び、左手側には渋谷や六本木のビル群が見える。前面下が皇居となっており、明かりがなく暗い分、よりいっそう遠くまで綺麗に輝いて見えた。
「すごい……」
ぼくも夜景に見とれてしまった。
そんな夜景を目の前に、同棲1年目のクリスマスをシャンパンで祝った。今夜は特別な夜だ。静かな空間にグラスの触れる音が小さく響く。
イタリア料理のコースは「ビーツと山羊チーズのインサラータ」から始まり、「ポルチーニ茸のパッパルデッレ」、「天然平目のソテー」、メインには「和牛サーロインと有機野菜のバニェット・ヴェルデ」、そしてデザートには「林檎とナッツのファゴッティーノ」と、ぼくが聞いたことのない料理名ばかりだったが、どれもとても美味しかった。
ぼくたちは楽しく談笑しながら料理を堪能し、あっという間に時間が過ぎていった。
最後に紅茶と小菓子が運ばれてきたところで、ぼくは準備していたものをカバンから取り出す。
「はい。これどうぞ」
「ん? なに手紙?」
「そう。読んでみて」
この日のためにぼくは、彼女に内緒で普段書かない手紙を書いてきたのだ。
「分かった。読む」
彼女が折りたたんだ手紙を開いて読み始めた。
メリークリスマス
ホテルディナー、どうだったかな? ご飯美味しかった?
こんな高級なレストランで食事するのは初めてだね。
思えばぼくたちの出逢いは、小さな居酒屋だったね。キミが1人でカウンターで呑んでるところに声を掛けたっけ。
キミの第一声、「なに? あんた?」は今でも覚えているよ(笑)
あれがなかったらぼくたちの今はなかったかもしれないね。
初めてのデートは雨だったね。品川で映画を観て、水族館に行って。お土産ショップで、深海サメのラブカのぬいぐるみコーナーから離れようとしなかったのには驚いたよ。
子どものように目を輝かせて、ラブカを抱きしめる姿をみて、ぼくの知らないキミの一面を見れた気がしたよ。
渋谷や新宿で買い物したり、埼玉の芝桜を見たり、日光の紅葉を見に行ったり。それから名古屋に旅行に行ったこともあったね。この2年間、本当にいろいろなところに行ったね。
それから、昨年の今頃には一緒に住むようになったね。
いつだったか、キミが高熱を出して寝込んでしまった時があったね。
子どものように何度もトイレに行く姿をみて、熱で苦しんでいるキミには悪いけど、かわいいな、と思ったよ。
そして、もっとそばにいたいと思った。キミが苦しんでいる時も、泣きたい時も、悲しい時も、この先ずっとずっと、いつもそばにいたいと、そう思った。
そして、ずっとずっと、ぼくたちがおじいちゃんおばあちゃんになっても隣で笑い合えるような、そんなふたりになりたい。
結婚してください。
「――結婚してください」
私が手紙を読み終わる頃、彼はそう告げた。
そして彼は、小さな箱を私の目の前においた。
「え……うそ」
小さな箱の中には、ダイヤのついた指輪が収まっていた。レストランの暖色系の照明に照らされ、キラキラと輝きを放っている。それはもう外の夜景に負けないくらい綺麗だった。
「どう……、かな?」
彼が恥ずかしそうに尋ねてくる。
予想もしていなかった彼のサプライズに心の準備が出来ていなかった。
「嬉しい……」
私はもう一度、手紙を読み直した。彼とのたくさんの思い出が頭に浮かぶ。「もっとそばにいたい」、「隣で笑い合えるような、そんなふたり」。
一粒。涙が手紙に落ちた。彼の書いた文字が滲んでいく。
「え、どうしたの?」
彼の顔が見る見るうちに不安に満ちあふれていく。
気がつくと、彼の姿が歪むぐらい、両目から涙がこぼれ落ちていた。
「え、ごめん。そんなつもりじゃ……」
彼が慌て出す。
ちゃんと言わなきゃ。
私はハンカチで涙を拭い、彼の前に左手を差し出す。
「こ、こちらこそ、お願い、……します」
彼の顔がぱあっと明るくなる。彼は指輪を手に取り、差し出した私の薬指にすっとはめた。
「良かった。ぴったりだ」
「ありがと」
あまりにも突然で、あまりにも素敵な演出で、私はうれし泣きをしてしまったのだ。
「これからもずっと一緒だよ」
「うん」
彼が突然クスッと笑い出した。
「なに?」
「それ、パンダみたい」
彼が私の顔を見て笑う。泣いたせいで化粧が崩れたようだ。
「もう。泣かせるから」
「ごめん。ごめん」
「ちょっと、トイレに行ってくる」
「おしっこ?」
「やめてよ、こんなところで。化粧直してくるの」
私は化粧ポーチを持ってトイレに向かった。
左手の薬指には幸せいっぱいに光り輝く婚約指輪をはめて。
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