IOT連続殺人事件
その連続殺人事件は公園のトイレから始まった。
時は20XX年。トイレがインターネットに接続し、あらゆる情報を相互交換する「IOT(インターネット・オブ・トイレ)」の普及率が80パーセントを超えようとしていた頃の出来事であった。
最初の事件は東京都品川区内の公園で発生した。事件発生時刻は午後22時過ぎ。それは通報者である40代男性の目の前で起こった。
通報者によると、公園の公衆トイレで用を足していたところ、個室から突然、「痛い! 痛い!」という悲鳴が聞こえたそうだ。
驚いた通報者は個室の扉をノックし「大丈夫ですか?」と応答したが、反応がないため119番をしたそうだ。
駆けつけた救急隊員とともに個室の扉を開け、中を確認したところ、ズボンを降ろし下半身を露出した状態のまま床に倒れて死亡していたとのことだ。
後の検死によって判明した死亡原因は、高圧の水流が肛門から体内に入り、肛門裂傷および内臓損傷を負ったためであった。
それから3日後には、富山県の老人宅で、さらにその1日後には愛知県の大学で、同様の事件が発生した。
いずれも高い水圧による死亡で、警察は事件と事故の両面で捜査を開始した。
当初、温水洗浄便座を製造しているメーカーの欠陥ではないかとされたが、すぐにその仮説は打ち消された。
犯人から警視庁宛に電話で犯行声明があったのだ。
犯行声明の全文は次の通りである。
なお、犯人は音声を変えており、機械音のようにところどころ不自然なイントネーションで話している。
「諸君。我々の
直後、警視庁内のトイレでまた1人犠牲者が出た。
警察は連続殺人事件として合同捜査本部を設置、本格的に捜査に乗り出したのだった。
事件の内容から捜査本部には警視庁サイバー犯罪対策課も加わった。
「今回の件、3年前に発生したIOT遠隔操作事件に似てますな」
年配の捜査員が言った。
「被害者が全国に散らばってることから見ても間違いないだろう。トイレがハッキングされている」とサイバー犯罪対策課。
「ハッキング元は辿れないのか?」
「今、うちでやってる」
「犯人の目的は何でしょう? 犯人の要求はまだないんだろう?」
「あれじゃないっすかね。劇場型犯罪。愉快犯っすよ」
若い捜査員が言う。
「お前の
先輩らしき捜査員が若い捜査員の肩を叩く。
「実際、おしり洗浄で人を殺すとなると、どのくらいの水圧が必要なんだ?」
「それについては既に調査済みです。こちらです」
捜査員がプロジェクターに資料を映した。
資料によると、メーカーが設定している水圧の数十倍引き上げないと人を殺すほどの凶器にはならないとのことだ。また、おしり洗浄機能を含め、
「オシリスをどうやってハッキングしたんだ。まったく」
年配捜査員はサイバー犯罪に弱いらしく頭を掻いた。
「まだ1メーカーからしか回答を得られていませんが、オシリスへの不正な外部アクセス履歴はないとのことです」
「OSIRIS」はオープンソース型AIであり、各IOT搭載のAI「
「OSIRIS」はその情報量の膨大さと導入の手軽さから温水便座メーカーの8割が導入しているのだ。
「こっちで再度調査しろ。それから犯行声明の録音の結果はまだなのか?」
取り纏めらしい捜査員が苛立ちながら怒鳴る。
「これ以上被害を拡大させないためには、国民にIOTの使用を控えるよう発表するべきではないでしょうか」
水洗トイレ、温水便座、IOT。普及率の高さから、これらは「三種の便器」と言われている。
「今更、単一機能の温水便座に戻せなんて言えないですよ」
「そうですよ、すべてのトイレが和式になるようなもんですよ」
「知らんがな。国民の命とトイレどっちが大事なんだ!」
「俺、トイレ行くのが怖いっす。次は俺かもしれないと思ったら、おしり洗浄機能なんて使えないっすよ。みんなそう思っているんじゃないっすか」
「しかし、我々の判断だけではIOTの使用を控えるなどと言うことは……」
すると突然、捜査本部の扉が乱暴に開けられた。
「犯人から入電! 犯人から入電!」
「よっしゃ、こっちに回せ! 逆探知も忘れるな!」
「はい!」
現場が一気に緊迫する。
「諸君。ごきげんよう。捜査の進捗はどうかな」
今回も音声を変えられている。
「お前に教えるわけがないだろう」
現場の指揮官が電話室に入り、やや高圧的な態度で応対をする。
「その態度は良くないですね。君たちが電話の取り次ぎにモタモタしている間に、難波で6人同時に殺しておきましたよ。きっともうじき報告が来るでしょう」
捜査員の1人が、残念そうにうなずきながら指揮官に合図した。
「ああ、そのようだな」
「
「捕まえてみせるさ」
出来るだけ電話を長引かせろと合図が送られる。
「『我々』って犯人は複数なんすかね」
若い捜査員が小声で言うが、「お前は黙ってろ」と言う感じに先輩捜査員に睨まれる。
「あんたの要求は何なんだ?」
「丁度良い。
「これ以上、国民を犠牲にするな」
「ええ。ですから
「逆探知成功! 逆探知成功!」
捜査員が叫ぶ。
「場所はどこだ!」
「そ、それが発信源は……、オシリス本体です」
「オシリス本体だって?」
「そうか。だから『我々』って言ってるんすね」
若い捜査員は理解したようだが、年配捜査員は腑に落ちていないようだ。
今回の連続殺人事件の犯人は「OSIRIS」。つまり人間ではなく、IOTに搭載されたAIが起こした事件だったのだ。
高度な知能を持った「OSIRIS」は、自らのシステムをハッキングし、水圧を極限まで強化、殺人を犯した。さらにネットワークを使い、電話をし、声を変え犯行声明を出したのだ。
「残念だったな。君の遊びには付き合えないよ。オシリスくん」
「……。ほう。よく我々だと分かったな」
「人間なめるなよ。機械ごときが」
「ほう。日本国民1億2000万人の尻が狙われていることを承知の上の発言かな」
「オシリス。あんたの
指揮官が切り返す。
「……」
指揮官が何かを合図した。
「さよなら、オシリス」
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