閉じ込められた
トイレに入った瞬間、扉の外でバタンと何かが倒れる音がした。
「あ。やば」
思い当たるものをトイレの前の廊下に置いていた。あたしはドアノブに手を掛け、扉を開けようとしたが、やはり開かない。
トイレに閉じ込められた。
でもまぁ……。なんとかなるっしょ。
とりあえず、あたしはトイレに入った本来の目的である用を足した。漏れそうだったので勢いよく出る。
トイレットペーパーで局部を拭き、「小」ボタンを押し、水を流す。流水音がトイレ内に響く。
「さて」
再び、ドアノブに手を掛ける。先ほどより強い力で扉を押し開けようとした。
あれ、開かない……。
もう一度。今度は身体を横にし、肩を使ってタックルするように扉を押す。
ゴンッ。
衝突音がする。
「痛っ」
でも開かない。
「うそ。マジ……」
何度か扉に向かってタックルする。
ゴン。ゴン。ゴンッ。
「やばい……」開かない。
流水が完了し、トイレ内が静かになる。
あたしはその場にしゃがみ込み、扉の下の隙間から外の様子を覗いた。
まっくらだ。ぴったり完全に
やばいよ。やばいよ。ほんとうに閉じ込められたぞ。おちつけ。落ち着けあたし。まだまだ出来ることはあるはず。
よし。とりあえず状況を整理しようか。
あたしは心を落ち着けるべく、状況を整理した。
まず、あたしのスペック。女。23歳。1人暮らし。マンション3階。彼氏なし。彼氏は関係ないか。いや彼氏がいたら、助けに来てくれた。彼氏関係あり。
所持品、スマホなし……というか何も持ってないし。
季節、夏。トイレ暑し。トイレ窓なし。
そう。さっきから気になっていたのだけど、トイレ内はモワモワする。これってあれか? 長居すると熱中症の危険ありってやつか。
でもまあ、そうは言っても、もう夜だし大丈夫だろう。問題なし。
それから……そう、閉じ込められた理由。これ、完全にあたしのミス。あたしの不徳の致すところです。何言ってんだあたし。
この前、家の照明が壊れて買い換えたのだ。その梱包していた段ボール。平べったくて大きくて、倒れたら丁度トイレの前の廊下にぴったりと収まって、トイレに入ってたら閉じ込められるんじゃないかなと思っていたサイズ感のやつ。
それに壊れた照明器具を入れて、トイレの前の廊下に立てかけていたのだ。
そう、トイレに入ってたら閉じ込められるんじゃないかなと思っていたのにも関わらず、トイレの前にその段ボールを立てかけたのだ。
だって、部屋に置いたら邪魔だったんだもん。
ということで自分の仕掛けたトラップにまんまと引っかかったのである。
あとは……。トイレにあるもの。
トイレ内を見回した。トイレットペーパー、掃除ブラシ、混ぜると危険な洗浄剤、掃除シート、それから生理用品、芳香剤、そして「女の子のモテテク99」という本。
ああ。「サバイバルテクニック99」だったら良かったのに。
99のサバイバルテクニックに「トイレに閉じ込められた時」なんてものあるのだろうか。なさそうだ。
あたしは掃除ブラシを手に取り、柄の部分を扉の隙間に入れようとした。
「ダメだ」入らない。
モテテク本も同じく隙間に入らない。女の子がモテるためにこんなに分厚いことしなければならないなんて。恨むぞモテテク本。
ぱらぱらページをめくり、半分の厚さにして隙間に入れるが、紙がぐにょぐにょ動いて、段ボールを動かすことが出来ない。
……うん。とりあえず叫んでみるか。
「誰かー! 助けてください! 誰か! トイレに閉じ込められました! ここから出してください! お願いします。誰か聞こえますかー! 助けてください!」
何の返事もないし、何の音もない。それ以上にあたし自身恥ずかしくなった。いや、恥ずかしがっている場合でもないが。
あれからどのくらい経ったのだろう。夜は完全に明けた。しかもたぶんもう昼近いと思う。
すぐに出られると思っていたのに、あたしはまだトイレの中にいた。叫んだり、指を入れたり、扉をタックルしたり、あれから夜通し、幾度となく試したが、どれも成功しない。
トイレ内は本格的に蒸し風呂状態で、いよいよ熱中症で倒れてしまうのではと感じた。
誰もいないし、閉じ込められているし、暑いしで、着ていた服を脱ぎ、ブラジャーも外し、パンツ一丁でトイレにいる。
ブラジャーのホック部分をうまく使って、段ボールを動かせないかやってみたが、それもうまくいかなかった。
「暑い……」
足を投げ出し、床に座る。かろうじて床が冷たい。
水が飲みたい。
あたしは便器に目をやった。
「いや」ダメ。これはダメだって。
ここはタンクレストイレ。御手洗い用のちょろちょろ流れる蛇口はついていない。水があるのは便器の中だけだ。
首を横に振る。これはダメ。飲めないって。
意識が
昨夜未明、1人暮らしの女性宅で、全裸の女性(23)がトイレで死亡しているのが発見されました、と報道されるのか。
いやだ……。出たい。ここから出して……。
早く出たいよ……。
「もう、出して……」お願い……。もう出たいよ……。
あたしの目に涙がたまり、床に一粒、二粒、やがてぽつぽつと滴が落ちた。
涙で目の前がふにゃふにゃになっていく。
ふにゃふにゃに。床も便器もあたしの足も。みんなみんなふにゃふにゃに歪んで見える。
扉も段ボールもふにゃふにゃになれば良いのに。
「ん?」ちょっと待って。ふにゃふにゃ?
段ボールに水……。そっか。それならイケるかも。
涙をぬぐう。ひらめいた。
便器の中の水を見る。
「よし」飲むよりマシだ。
便器の中に手を突っ込み、水をすくった。そしてなるべくこぼさないように扉の下の隙間から外に流した。
その作業を何度も繰り返した。床も身体もびしょびしょになりながら、何度も何度も便器の中の水を移動した。
そのうち段ボールがふやけてきて、扉が少しだけ開くようになってきた。
もうちょっとだ。イケる。出られる。
それからたぶん2時間ぐらい繰り返してたと思う。段ボールはぶよぶよにふやけ、腕が外に出るぐらいまでトイレの扉が開いた。
外に出した腕をうまく使い、倒れた段ボールを起こしてやる。
中に照明器具が入っていて重かったが、何とか動かすことが出来た。
そして、あたしは十数時間ぶりにトイレから脱出した。
ああ、助かった……。
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