マッチを売る少女

天津真崎

マッチを売る少女

 ぼくは大道芸人。変装の名人だ。


 電気というものが発明されて、街がそれまでよりずっと明るくなってから、ぼくたちの仕事は忙しくなった。晴れた昼間の広場だけじゃなく、夜の劇場や、雨の日の小屋なんかで芸を見せられるようになったからだ。


 でも、その代わり、路上に立つマッチ売りの少女たちは仕事を無くした。彼女たちのほとんどが、今は別の物を売っている。


 ぼくは、王様や金持ちに呼ばれて、変装の芸を見せた。ぼくは、誰にでも化ける事ができた。君は天才だ、と言われた。天才ってどんなのかよくわからないけど、お金はもらえた。ぼくは他にお金をもらえる方法を知らない。ぼくにも、何か売れたらよかったのに。


 ぼくの鞄にはマッチがたくさん入っている。街にぼくほどマッチを持っている人間は居ないんじゃないかと思うくらい。なぜなら、ぼくは、マッチを売る女の子に会いたくて、いつも買いに行くからだ。


 その子は、マッチを売るマッチ売りの少女がほとんど居なくなったこの街で、今も頑張ってマッチを売り続けている。きっと商売がとても上手なんだろう。その子からマッチを買ったひとは、みんな嬉しそうだからだ。


 ぼくは、少年に変装してマッチを買いに行く。


 少年のぼくを見て、その子は、優しいお姉さんのように接してくれる。恋ってよくわからないけれど、自信に満ちた優しい笑顔でぼくの手を握ってくれるその子を見ると、胸がドキドキする。


 ぼくは、青年になる事もある。


 青年のぼくに、その子は、凛とした気高い顔を見せる。やすっぽく笑ったりなんてしない。ぼくはそんな彼女の近寄りがたい横顔を見るのが好きだ。そしてマッチを渡してくれる時にだけ見せる、ぼくの心の奥底までじっと覗き込むような瞳が好きだ。手渡してくれる時にちょっとだけ触れる、冷やりとした指の感触が好きだ。


 ぼくは、おじいさんにだって化けられる。


 中身がぼくだと知らずに、甘え上手な女の子のように、その子は色々わがままを言う。ぼくはお金を少し持っているから、いつもより高いマッチを何も言わずにたくさん買ってあげる。嬉しそうな彼女を見て、ぼくはお金を少しだけでも持っててよかったと思う。


 ぼくは、おばあさんを演じる。


 家族や娘の愚痴をこぼすフリをすると、彼女は聞き上手な女の子になって、とても親身に話を聞いてくれる。そんな親切に触れると、胸が暖かくなる。いつもより少しだけ高いマッチを、お礼として買ってあげる。


 ぼくは、年頃のお姉さんにもなれる。


 別の誰かを好きなフリをして、恋の相談をするのは変な気分だ。彼女は恋のお守りとして、特別なマッチをくれる。マッチなんて売るほど持ってるけど、特別なマッチをもらえるのはやっぱり嬉しい。その子は、ラブレターの代筆を申し出てくれる。その子に宛てたラブレターを彼女自身に代筆してもらう。あて名は書かない。出せるはずもない。


 ぼくは、年端もいかない見習いのマッチ売りの少女になる。


 そんな時の彼女は、厳しく、ちょっとだけ怖い先輩になる。マッチを売るコツを、遠回しに教えてくれる。


「いい? 相手の一番望むものを、マッチと一緒に売るのよ。つながりを作るの。少年には優しく。青年には淑女のように。お爺さんには甘えて。おばあさんには親身になって。年頃の女性にはいいお友達として接するのよ」


 ぼくは、先輩の邪魔をする気はないから、他の街でマッチを売ります、と言う。彼女は、鼻を鳴らして、「変な男には気をつけなさい」と言ってくれる。厳しくて、怖いけれど、彼女は優しい先輩だ。


 ぼくは彼女に自分と似た匂いを感じる。

 彼女も、別の誰かを演じる事ができる。

 相手によって、それを一番上手に使いわける。


 けれど、彼女はぼくとはまったく違う。

 ぼくは誰にでもなれるけれど、本当のぼくはどこにもない。


 ぼくは、年寄りでも、大人でも、子供でもない。男なのか女なのかも、自分ではよくわからない。ぼくは空っぽで、顔のない幽霊みたいな存在。時々、本当に人間なのかもわからなくなる。


 けれど、彼女は違う。


「わたしね。バレリーナになりたいの。はやくお金をためて、こんな街から出てやるわ」


 太陽が沈み、空が暗くなって街に灯がともる頃、彼女は本当の姿に戻る。

 静かな街はずれ、石畳の路上で、街灯をスポットライトにして、彼女は踊る。


 本当の自分に戻り、優しいお姉さんでも、青年の憧れの花でも、わがままな可愛い孫でも、聞き上手な娘でも、恋の先生でも、頼れる先輩でも、マッチ売りの少女でもない姿で、くるくる踊る。


 彼女は、きっと彼女が一番なりたかった姿になって、くるくる踊る。

 彼女の本当の夢と一緒に、無邪気に踊る。


 ぼくは、そんな素敵な彼女を物陰からじっと見守る。


 ぼくは、そんな彼女を見るときだけは、誰にも化けない。


 変装をしないぼくは、誰でもない。のっぺらぼうの幽霊みたいなぼく。誰からも気にされず、見向きもされないぼく。路上の石ころのようなぼく。そんなぼくでは、彼女の前に姿をさらせない。本当のぼくは、本当の彼女に会う事はできない。


 雪が降る。


 身体が凍えて寒いけれど、ぼくの鞄からはいくらでもマッチが出てくる。


 ぼくは、そのマッチに次々と火を灯し、手の平に小さな炎の温かみを感じながら、いつまでもいつまでも、彼女のダンスを見続ける。

 

 くるくる、くるくる。くるくる、くるくる。


 マッチをすって、マッチをすって、マッチをすって。


 くるくる、くるくる。くるくる、くるくる。


 小さな炎が消える。ぼくの姿が消えていく。一枚一枚顔がなくなっていく。炎の中にぼくは本当の自分を探す。彼女の踊りを見つめる。夢を見る。夢がポッと消える。彼女の夢を想う。消えないで、と願う。木の燃える匂い。リンの匂い。煙の臭い。青白い炎。黄色い炎。橙色の炎。小さな炎。雪が降る。雪が解ける。マッチの炎。掌の中の炎。マッチを売り続ける彼女とぼくの、たったひとつのつながりの炎。


 マッチは、いくらでも、燃え続ける。



 <了>

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マッチを売る少女 天津真崎 @taki20170319

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