その五十三 雫、違和感を覚える
雫の話の中途からだらだらと涙を流し、ぐすぐすと鼻を鳴らしていた桜は、やっとのことでこう想いを伝えた。
「桜は、果報者に御座います――」
再び首を落とした桜を見て、雫は頭を掻いた。
そうしているうちにふと疑問を思い出した雫は、これを機会と桜に向かって話しかけた。
「桜ちゃん、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「――はい」
桜は赤くなった眼を雫に向ける。
「姫を殺せと命じてきたのは、間違いなく将軍様?」
「左様に御座います」
「あの廊下に貼り付けてあった手紙は?」
「命を受けた時に頂戴したものを、そのまま打ち付けただけに御座います。どなたがお書きになったものかは存じません」
「じゃあ、この前云っていた、藩邸やお城がおかしい、っていうのは、あれは嘘なの?」
「あれは――」
鼻を啜ると、桜は一瞬口籠もった。
「あれは、事実半分、噂半分とでも申しましょうか――兎に角、姫様のお屋敷の様子が尋常に非ず、と云うは
「どこをどう、そう感じたの?」
「全てが、で御座います。浄瑠璃姫様がお屋敷から逃げてこられているのは紛う事なき事実。本来ならば、お屋敷の異常を確かめ、姫様をお守りするのが筋に御座いましょう。にも関わらず上様もご家老様も、姫様を捕らえて参れ、生死は問わぬの一点張り、加えて詮索は一切無用、のお一言。そればかりか、江戸の外での
時折ひくひくと啜り上げながら、桜はこう話した。
「そっか、姫を狙う理由も事情も分からないんだ……」
雫は口元に手を当てると、考えを巡らせた。
(何か、どこかがおかしくなっている……)
どこかで、大変な過ちを犯している気がする。
ただそれがどこなのか、雫には判らなかった。
「――それ故、この桜、これ
次第次第に声を落としながら、桜は続けてそう云った。また俯いていく。
同情もあって、雫は取り敢えず考え事をやめると、桜へ優しく声を掛けた。
「そっか、それは……」
「はい」
雫はそのまま慰めようとしたのだが、その前に向こうから妙に強い返事が来たため、思わず言葉を切った。
桜は敢然とした調子で、こう続ける。
「実を申しますと、今こうして此処に参りましたのも、御剣様をどうにかしようなどと大それた事を考えてでは御座いません」
「はぁ……」
話について行けず、雫は間の抜けた合いの手を入れる。
桜は突然くっ、と顔を上げると、
雫に向けてこう云い放った。
「御剣様、この桜を――お手元に置いてはいただけないでしょうか」
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