その十八 雫、この世界の理を合点する
「――戦国乱世の時代も遠くなり、江戸の町もこれこの通り、何処にも負けぬ賑わいを見せております。将軍様のご加護もあって平穏無事な日々が続き、皆幸せに暮らしておりました。しかし――
伏し目がちに云う桜は、そこで顔を上げると、雫と目を合わせた。
「それは――
「あやかし……」
意表を突く耳慣れぬ言葉に、雫は口を噤んだ。
桜は続ける。
「幾千年の昔より、遠く東国に身を潜めていた
話を聞くうち何となしに不安になって、雫は周りをぞろぞろと行く、町の人人の姿を見た。誰もがそんな町の外の諍乱など、知らぬ存ぜぬと云った風である。事実、知らぬのかも知れぬ。
そんな彼らの様を見て雫は、自分たち三人が周囲の世界から切り離されたような、奇妙で曖昧な感を覚えた。
桜は雫の表情を伺いつつ、更に続けた。
「――御剣様のお察しの通り、町の人人は長く、そのことを知らされてはおりませんでした。いえ、未だに知らぬ人がほとんどです。人心を惑わさぬようにとのお上からのお達しに御座いました。が、しかし近頃では、私がこのように聞き知っておりますように、段段と噂は広まりつつあります。
到底信じがたい異様なことばかりを、桜は真剣な面持ちで語り続けた。ちらりと見れば、颯太も真面目な顔で頷いている。この突飛な話に、何も疑問は感じていないようだった。
雫はそっと、眉を顰めた。
真実雫が何かの事情で江戸時代に
と、なると。
此処に至ってようやく雫は、推測が確信に変わった。
やはり、そうだ。
此処は、本物の江戸では、ない。
虚言泡沫絵巻の中の、「江戸」なのだ。
それなら全てに得心がいく。
天空から舞い落ちる羽目になった雫。絡繰細工に溢れた愉快な宿。武士と
これらはいずれも、歌方雅楽が描いた物語。
絵空事の世界なのだ。
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