梓、ご当地キャラになる4
昨日と同じ会議室で、梓と会長が小さなテーブルに向かい合って座っている。
「会長!」
「あん、決まったか!」
「わたし、やります」
怖いほど真剣な顔で会長をにらみつける梓。会長は梓の顔をじっと見て、「どうしたい、笑ってる顔もかわいいが、その顔もいいんじゃねか」と茶化した。
「ふざけないでください。わたし今回のイベントやります」
「・・」
沈黙が流れる。
会長は黙って立ち上がり去り際に、「もう、やるって決まってんだよ。よろしくたのむぜ」
そう言って、奥に消えていった。
梓はふーと大きく息を吐き出した。
すると奥から事務局と思しき男性が二人出てきた。
二人は何のあいさつもなく、さっきまで会長が座っていたイスに腰掛けると、「では、これがイベントの概要です。これから説明しますけどお時間は大丈夫ですか」と、いきなり仕事の話を始めた。
梓は、「ハイ!」と、気合の入った返事をする。
その気合は、二人の方がたじろぐ程だった。
二人は代わる代わるに説明を開始する。
「えー、イベントは6月20日~22日の3日間です。大食い大会は日曜、22日の午後イチに行います」
「梓さんは、この3日間、大会の他に、商店街を回ってお店の紹介やインタビュー、ステージの進行や、お客様との写真撮影、商店街の中の幼稚園や保育園の慰問をしてもらいます」
梓はやるべきことのリストを素早く目で追う。
「あと広報が、マスメディアにこのイベントの告知を投げています。もしかしたら地方局の取材があるかもしれません。その時は取材対応をお願いします」
覚悟を決めてきたとはいえ、容赦なく入れられた予定と役割を見て改めて腹が立つ。
(わたしが、やるっていうの分かってたんだ。くやしいー!)
そう思いつつも自分に負けまいと声を出す。
「ハイ!」
(一生懸命やるしかない。そう決めたんだ)
「ここでは、大きな流れと役割だけを把握してください、一つ一つのやるべきことは、マネージャーを付けますのでその人が説明してくれますから」
「あと、梓さんは学生ですよね。学校は大丈夫ですか?」
「土日は大丈夫ですけど。金曜日と月曜は午前中に授業があります」
「じゃ、大丈夫です。金曜の前夜祭は夕方からですし、月曜の午前中はほとんど後片付けですから」
「はい」
「それで、日曜の大会ですが」
「はい」
「ポスターにもありますけど、梓さんには大食い女王として出ていただきます。うちの商店街で出されている食品をたくさん食べた方が勝ちという簡単なルールです。たとえばコロッケとかたい焼きとかそういうのですね」
「はい。わたしはいつ出ればいいんですか?」
「どのくらいエントリーがあるか分からないんですが、10名がステージに上がって一斉に食べて勝敗を決めます。それを何セットかやるんですが、その全部に出てもらおうかと」
「えっ!全部って、毎回、出るんですか?」
「ええ、女王に勝った人に商品が出るので、勝負に女王が入っていないと・・・」
「そんなに食べられませんよ!それに後にエントリーした人が有利じゃないですか!」
「ええ、なので、後にエントリーした人ほど、商品が安くなるという・・・」
「なしなし、そんなのなし!10セットとかエントリーがあったら、どうするんですか。そんなに食べられないですよ。なしです!」
「でも、かなり食べられると話は聞いてますが」
「そんなの、当然限界がありますよ」
「そうですか、そうですよね。では時間制にして、13時、14時、15時、16時の4回に出てもらうというのは・・・」
「4回もですか!」
「ええ、坂下さんの話では4回くらいなら大丈夫そうな口ぶりでしたし」
(もう、店長なに変な事ふきこんでんのよ。人を化け物みたいに!)
と思ったが、4時間4回ならインターバルもあるし、1勝負で2.5kgくらい食べれば勝てそうに思えた。
経験的に2.5Kgを食べれる人はそう多くはない。
(あ、でも勝たなくていいんだったら余裕じゃない)
「これ、勝たなくてもいいんですよね?」
そういうと事務局の二人は、「いえ、勝って戴かないと困ります。最悪でも2負で収めてください」と、困った表情で顔を見合わせた。
「何でですか」
「会長が客引きにはこのくらい出さなきゃダメだといって、女王に勝った人全員にハワイ旅行をプレゼントすることになっているんです。イベントの運営費も自腹で出てますんで、これ以上出費がかさむと収支が完全に焼き付きます。下手すると倒産する商店も出るかもしれません。それにポスターには『無敵の大食い女王』って書いちゃいましたし、偽りありとなるとウチの商店街の評判に傷がつくかと」
(なー!!あんにゃろ!また勝手やりやがって!くやしかったら勝てというのかー!)
手をグーにして両腕をテーブルに伸ばし、下を向いてわなわなふるえる梓。
(完全にはめられてる。いろんなものを人質にとられてる感じがする)
「わかりました。4回ですね。4回勝てばいいんですね!」
怒りに震える声で梓が答える。
「はい、よろしくお願いします。期待してますから」
これほど人の激励が、むなしく聞こえたことはなかった。
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