第9章 進路
第91話 1-3
「続きまして、企画人気投票の集計結果を発表いたします」
体育館の壇上で、文化祭実行委員長がマイクに向かって言った。
文化祭もいよいよ終わる。既に来場者は全員帰り、教室も少しずつ後片付けが始まっていた。今は、閉会式の真っただ中だ。全校生徒が集まり、生徒会や実行委員たちの話を聞いている。その服装は、みなカラフルなクラスTシャツやパーカーである。いつもの全校集会とは雰囲気が全く違うなと、みぞれは思った。
壇上のスクリーンに、プレゼン資料の画面が表示される。そこにでかでかと「企画人気投票結果」と書かれていた。きっと今頃、伊緒菜は固唾をのんで見守っているだろう。みぞれも、自分の考えた企画がどのくらい通用したのか、どきどきしていた。
「第五位から発表いたします」
実行委員長が言うと、スライドの画面が切り替わった。
「第五位は、一年三組の『占い館』です」
ええーーっ!? という叫び声に似た歓声が、すぐ隣のクラスから上がった。慧たちのクラスである。自分たちでも驚いているようだ。
「投票理由ですが、『占いが当たった』という意見が大半をしめています」
「ええーーっ!?」
と再び隣のクラスから叫び声が上がった。
「なんで自分たちで驚いてるんだろう……」
「当たると思ってなかったんだろうね。噂じゃ、タロット占いと水晶占いがよく当たるって話だったけど」
「そんな噂になってたの?」
「うん。だからお客さんが増えて、得票も多かったんだろうね」
一年三組の騒ぎを抑えるように、実行委員長が「続いて四位の発表です」と告げた。
「第四位は、三年二組の『スマホ写真からグッズ作ります』。投票理由は、『可愛いグッズをたくさん作ってもらえた』『恋人とのペアグッズが簡単に作れた』などです」
今度は控えめな歓声が聞こえた。企画名を聞いて、みぞれは「ああ、あれか」と合点がいった。文化祭の間に何度も、色んな写真のペンダントやシールを付けた人を見かけた。デザインは似ているのに写真だけが千差万別で、変だなと思っていたのだが、自分のスマホの写真からグッズを作る企画があったのだ。
「うまいね。パッと見ただけで『あれ欲しい』と思わせるグッズを作ったんだ」
津々実が分析した。
「いよいよベスト3の発表です!」
スライドの文字が、豪華なものに変わった。
「第三位は、新聞部の『時刊新聞』!」
やったー! と歓声が聞こえた。どうやら狙っていたらしい。文化祭中に、伊緒菜もうまい作戦だと言っていた。ボランティア部と方向性は同じである。
「投票理由ですが、『次にどんな企画があるかわかって助かった』『面白そうな企画をたくさん見つけられた』などがありました」
QK部も新聞部には助けられている。他の企画もそうだったのだろう。
「続いて第二位! 第二位は、家庭科部の『カフェー カテイカブ』」
「だろうね」
津々実は満面の笑みだった。
「つーちゃんおめでとう!」
というみぞれの声は、
「津々実ちゃんすごーい!」「さすが家庭科部!」
という他のクラスメイトの声にかき消された。みぞれは少し、むっとした。
「投票理由ですがー……まあ、毎年恒例ですね。『手が込んでいてよかった』『噂以上のおいしさだった』などがありました」
そしていよいよ、一位の発表になった。
「では最後です。今年の文化祭で、人気投票第一位となったのは――ボランティア部の『校内清掃』でした! おめでとうございます!」
称賛の声と、拍手が上がった。
「結局そうなっちゃったか」
と言いながら、津々実も拍手している。
「目立ってたもんね。それに、本当に人助けしてたし」
みぞれも拍手しながら褒め称えた。
「投票理由は、『一生懸命ゴミ拾いする姿が印象に残った』『保健室の場所を教えてもらえて助かった』などでした。ボランティア部の皆さんに、大きな拍手を!」
閉会式のあと、部室へ片付けに戻ってきたみぞれと慧を見て、伊緒菜はあっけらかんとした様子で言った。
「投票結果は残念だったけど、私達の目標は知名度の向上。その点では、かなりうまく行ったと思うわ。クラスのみんなの様子を見る限りはね」
「でも、どうして入賞できなかったんでしょう?」
慧の質問に、伊緒菜は即答した。
「たぶんそれは、私達に『投票させる』という観点が抜けていたからよ」
「投票、させる? でも前の話では、知名度が上がれば自然と投票数も増えるって話でしたよね?」
「ええ。でも、考えてみて――いえ、私も考えてなかったんだけど――この企画で投票するのは、どんな人?」
「どんなって……」
みぞれと慧はそろって考えた。そしてそろって、答えを得た。
「「姉妹が成立した人!」」
「そう。そして成立した姉妹は、二日間で三十組。仮に全員が投票しても、六十票にしかならないわ。実際はもっと少なかっただろうし」
「そっか、そうですよね……」
みぞれは落胆した。同時に、責任を感じた。この企画の骨子を提案したのは自分だ。もしもっとうまい企画を考えつけていれば、結果は違ったかもしれないのに。
その様子を見て、伊緒菜が堂々とした声で言った。
「落ち込むことはないわ。これは私達全員が同意して、団結して取り組んだ結果よ。あなただけに責任はない」
「でも」
「それにいま言った通り、私達の目標は知名度を上げること。その意味では結果は上々よ。QK部の歴史上、今が最も知名度が高いと言っても過言じゃないわ。学外にまで知れ渡ってるんだから」
伊緒菜は眼鏡を押し上げた。
「……ま、そうは言っても、一位を取れなかったのは悔しいけどね」
「やっぱ悔しいんじゃないですか」
「だからこの経験を糧に、来年はもっと上を目指すわよ! えい、えい、おー!」
伊緒菜は拳を振り上げた。みぞれ達も、つられて腕を上げた。
***
週が明けると、文化祭などなかったかのように、萌葱高校は日常を取り戻していた。QK部もまた日常を取り戻すのだろう、とみぞれは思った。
しかしその予想は、ほんの少しだけ外れた。
「そういえば、これ言ったっけ? 私、来週修学旅行だから」
「え」
札譜の清書をしていると、伊緒菜が唐突に言った。
「初めて聞きました」
「あら、ごめんなさい。水木金と修学旅行なのよ」
「先週文化祭だったのに、来週修学旅行なんですか?」
「そうなの。忙しいのよ」
と文句を言いつつも、伊緒菜は嬉しそうだった。イベントであれば何でも楽しめるのだ。
「どこ行くんですか?」
「九州。福岡とか長崎とか、あの辺りね」
「京都じゃないんですね」
「中学で行ったって人が多いでしょうからね。そう考えると、高校の先生は大変よね。中学で行ってない観光地を選ばないといけないから」
中学の旅行先を聞かれた記憶はないが、どの学校がどこへ行ってるかは、調べればわかるのだろう。
「ってことで私は来週の後半いないから、よろしくね。部活は自由にやってていいわよ」
つまり慧と二人きりだ。それでもやることは変わらないだろうな、とみぞれが思ったとき、慧が言った。
「あっ、あの、私も」
「ん?」
「私も、来週の木曜、部活来れない」
慧が計画的に部活を休むのは珍しかった。みぞれが首を傾げる。
「遠野さん達と遊びにでも行くの?」
「ううん、そうじゃなくて……」
慧ははにかみながら言った。
「数学部の人に会うの。ほら、全国大会で戦った、
それは意外な答えだった。
「南翠って、広島の高校よね? どこで会うの?」
「向こうも修学旅行で、東京に来るらしいんです。だから、上野で」
「どこもかしこも修学旅行なのね。じゃあ、二年生の人が来るってこと?」
「はい」
慧は嬉しそうだった。
「みぞれちゃん、そういうわけだから、来週の木曜は……」
「部活、お休みだね。わかった」
こういう形で休みになるのは、初めてだった。
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