第18話 10333
QKにおいて、親を取るという作戦には、ひとつのジレンマがある。
親を取るためには、強いカードを出さないといけない。しかし強いカードを出すと、自分の手札は弱くなってしまう。このジレンマを解決しないと、親にはなれない。
美沙の手札は、A、3、4、6、6、7、7、10、J、K、Kだ。親が取れそうなカードは10Kだろう。二枚出しを続けてカードを減らし、切りの良いところで10Kを出して親を取る。これが基本の戦略になりそうだ。
しかし、10Kしかないのは心もとない。何か良いものは来ないかと思って、美沙は山札から一枚引いた。6だった。これで6が三枚になった。全く嬉しくない。
運が悪ければ、こういうこともある。美沙は気を取り直して、最初に出す素数を考えた。
あまり小さい素数を出すと、みぞれが57を出して親を取る可能性がある。だからここは、57より大きな、でもなるべく小さな素数を出すべきだ。
「6A」
美沙は二枚のカードをテーブルに出した。
「素数です」
と史が宣言する。
短期決戦を許さない気だな、とみぞれは思った。みぞれの手札にQKや10Kがあればそれを出してしまうところだが、今の手札にはない。
「一枚引きます」
みぞれも一枚引く。出たのはJだった。悪くない。これでみぞれの手札は、A、5、6、7、8、8、9、9、10、J、J、Qとなった。同じカードが妙に多いな、と思った。しかし、全体的に大きめの数が多いので、強い素数が出しやすい有利な手札だ。
みぞれはとりあえず、相手の二枚出しに乗ることにした。
「89」
「素数です」
これで二人とも、一枚引いて二枚出したので、残り十枚ずつだ。
ラリーが続いたことに、美沙はひとまずホッとした。だが、ラリーはいつまで続くだろうか。普通に考えて、みぞれにラリーを続けるメリットはないはずだ。
「随分、小さな素数を出してきたね」美沙はみぞれの顔色を伺いながら言った。「大きな素数がないのかな?」
「ど、どうかな?」
みぞれの反応から、本当に持っていなさそうだと、美沙は判断した。みぞれの手札は読めないが、心はなんとなく読めた。
美沙と美衣は、お互いに相手を「性格が悪い」と言い合っているが、その一番の理由はこういうところだ。ジャブのような煽りを入れて、心を読むのが得意なのである。この特技は、いたずらしても怒られないギリギリのラインを見抜くのに、とても役に立つ。
みぞれにラリーを続けるメリットはないが、続けざるを得ない状況にはあるらしい。怖いのは、みぞれが強い素数をドローしてしまうことだ。だが、それまでに手札を減らせれば、こちらの勝ちだ。
美沙は手札を確認した。89より大きな素数のうち、何が出せるだろう。手札に9がないので、97は出せない。101、103、107、109の四つ子素数のうち三つは出せるが、なるべく10は使いたくない。
10とKを使わず、ほどほどに小さい素数は……。
「ふっふっふー。大きな素数がないなら、これでどうかな?
「素数です」
史の宣言を聞きながら、良い手だ、と自画自賛した。10もKも使わないだけではない。これより大きな素数には、Q7がある。もしみぞれがこれを出せば、二枚出し最強素数QKの揃う可能性が小さくなる。
みぞれは山札から一枚引いた。Qだった。また二桁カードだ。しかし、Qではあまり意味がない。
二枚出し上位五つは、QK、10K、9J、8J、6Kだ。みぞれの今の手札では、このうち9Jと8Jしか出せない。早く親を取りたいのに、その手段がなかった。
みぞれの手札は残り十一枚。美沙の手札は残り八枚。そろそろ攻めに転じないとまずい。
親が取れない以上、次善の策は、相手にあまり手札を消費させないことだ。だからここは、なるべく大きな素数を出そう。
「9
「素数です」
「なるほど、そう来たか」
美沙がうなずいて、サイドテールを揺らす。
「まあ、そう来られたら、こう行くしかないよね。10
「うっ……」
山札から引くかどうか、みぞれは悩んだ。もしKが来ればカウンターできる。しかし、そんなに運良く引けるだろうか。みぞれは残り九枚、美沙は六枚。これ以上枚数差を広げるのは得策ではない。
「ふっふっふー。悩んでいるってことは、やっぱり大きい素数は持ってなかったんだね。山札から引けば、QかKが出るかもしれないよ?」
煽りながら、美沙は手札を確認した。残りは4、6、6、7、7、Kの六枚。これらを並べ替えると、47、67、6Kの三つの素数ができる。美沙は、この三つをどうやって出そうか、考えていた。
「引きます」
悩んだ末に、みぞれは山札からドローした。
出てきた札を見て、みぞれは目を輝かせた。
「やったっ!
「うえっ!?」
さすがの美沙も驚いた。
「そ、素数です」史も目を丸くしていた。「それ、いま引いて出たってこと?」
「はい! Kが出たんです!」
みぞれは飛び跳ねんばかりに喜んでいた。今日の自分は、やっぱりツイてる。
史は美沙に目配せした。
「はい、美沙のターン」
QKにカウンターするには、合成数出ししかない。しかし、今の美沙の手札ではカウンターできる合成数はない。山札から何を引いてもそれは同じだ。だが、次はみぞれが親になってしまう。そのときのために、手札の種類を増やしておいた方が良い。
山札からは、Aが出て来た。これで、みぞれの次の攻撃を受けきれるだろうか?
「パスします」
美沙が言うと、史が場を流した。
親が取れた。みぞれは落ち着いて、手札を確認した。A、5、6、7、8、10、J、Qの八枚。美沙は残り七枚。運良く、食い下がれている。
ここはたっぷり時間を使って考えよう、とみぞれは思った。持ち時間はまだ十分以上残っている。ずっと二枚出しだったから、あまり時間を消費せずに済んだのだ。
伊緒菜のアドバイス通り、四枚出しや五枚出しを探す。残念ながら、覚えている五枚出しは手札にない。
四枚出しはどうだろう。これまで、津々実や慧とやってきた試合を思い出す。自分も含めて、みんな四枚出しはあまりしない。それでも、通算すればそれなりの回数出したはずだ。試合以外にも、伊緒菜の解説もあった。全部、思い出すんだ。
みぞれが悩んでいる間に、美沙も指を動かした。このターンで、みぞれは確実に四枚出しをしてくる。みぞれにとって、それは起死回生の四枚のはず。それを確実にカウンターできる素数を探すのだ。
カードが擦れる音と、美沙の指が時折テーブルに当たる音だけが聞こえた。教室の隅にいる部員たちも、固唾をのんで見守っていた。
数分後、ついにみぞれは、パッと顔を輝かせた。
見つけた。
1086A、57QJ。
この二つの素数が作れる! しかも、これで手札八枚を全て消費できる!
これは最高の組み合わせだ。先に1086Aを出せば、美沙にカウンターされても、57QJでさらにカウンターできる可能性が高い。57QJは六桁の素数だ。美沙がこれを超える素数を計算できるとは思えない。
勝った。みぞれは、四枚のカードをテーブルに出した。
「1086A!」
ついに来てしまった。美沙は黙って史の宣言を待った。
史はスマホを操作して、宣言した。
「素数です」
「やったっ」
美沙は内心で舌打ちした。みぞれの残り手札は四枚。おそらく、あれも素数だろう。
山札から一枚引いた。出てきたのは10だった。これで、手札はA、4、6、6、7、7、10、Kの八枚になった。
四枚出し素数は、まだ見つけられていない。救いなのは、みぞれが出した素数が比較的小さいということだ。五桁ではあるが、一万台の素数だ。
みぞれが長考したように、美沙も長考を始めた。ここが正念場だ。ここで、みぞれの残りの四枚を越える素数を出さないといけない。それは一体、何桁だ? 六桁か、七桁か……。
いまの美沙の手札では、七桁の素数を出すことはできない。二桁カードが二枚しかないからだ。作れる一番大きな数は771013だが、これは素数だろうか?
3では割れない。7、11、13でも割れない。17、19……割れない。
しかし、これを素数だと確定するためには、870くらいの素数まで割り算しないといけない。さすがの美沙でも、残り十分程度ではそれは難しい。それに、この四枚を出すと残りはA、4、6、6となるが、これらを組み合わせて素数が作れるかどうかもわからない。
二枚出しなら作れるのに。美沙は未練がましく、札を並べ替えた。47、67、10A、6K。すべて素数だ。どうにかして、再び二枚出しに持ち込めないか……。
せわしなく指を動かす美沙を見ながら、みぞれはドキドキしていた。美沙が57QJ以上の素数を出さないだろうというのは、みぞれの憶測に過ぎない。さっきの試合では、美沙は六桁の素数であるKJA3を出していた。妹の美衣も、三枚出し六桁の素数Q10Kを出していた。六桁程度なら、二人は計算できるのだ。
時間が過ぎていく。
この場にいる誰もが、美沙の指先に注目していた。
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