第1章_第5話 百合か犬か、それとも。

武装とはいえど、製鉄技術がないため鎧などではない。そうそうお目にかかれるものではないのだ。そのため、元自衛隊らしき廃墟から引っ張り出して来たナイフやら軍服やらがその内訳である。……が、黒百合隊は秘密組織。それらの制服は黒百合隊とは別に政府に直属している公の組織、警備隊に配給されるものとは別の武装で身を纏っていた。

即ち、黒。

黒であればなんでもいい。その下や上に各自特殊プラスチック──過去の産物であり今でも加工・リサイクルして使われている──を守りたい場所に付けること。制服はない。

「終わったか」

樒とノ風もまた概ね準備のできた頃、茜が入ってくる。真っ黒い軍服に軍帽、厚底ブーツ。白手袋。そして、裏地の赤い黒マントを身に纏っていた。レッグホルダーに二丁の拳銃が静かに冴えた光を宿しており、腰からは一振りの打刀が下がっていた。

「もちろん」

樒は一見普段と変わらない。まあ、彼が普段から武装しているのもあるが。

「やっぱ樒ナイフ持ってたんだな!」

「とーぜんでしょ? 後は鎧だけ」

「舐められてるー! ひでえ!」

先ほどのやりとりをまだ続けようとする二人を静かにと一喝。それだけで背筋の伸びる感覚にノ風は目を見張った。そして茜は、ノ風に目を遣る。

先程の配給服の上から胸、膝にプレートを付けただけの姿は、見るからに心もとない。先程自分たちを殺しにかかろうとしたときはもっと軽装だった。

そういえばさっきの『自己紹介』について詳しく聞いてなかったなと思ったが、仕方ない。

もうことは始まっている。

「班長」

「ああ。出るぞ。付いて来い」

声だけで急かした雪白に頷き返し、フーデットケープとマスクをつけた黒百合4つは、『天井を』開き、宵闇に身を躍らせた。


夜目の効かない上屋根渡りに慣れていないノ風以外にとっては、屋根の上は庭のようなものである。

音もなく、躊躇いもなく、空全体のうすぼんやりとした明かりのみの中、次々と屋根を越えていくのだ。

「ノ風、ついてこれてる?」

独特の呼吸音の合間、樒が聞く。ノ風は「段々掴めてきた!」と叫んで、先行する茜から「大声を出すな」と叱られた。

「ノ風」

「なんだよ」

「うちは即戦力が合い言葉だ。さっき俺には手加減したろ。……命令だ。今日、大量に人を殺すことになる。本気を見せろ」ノ風は何故か瞳を輝かせた。

「いつも通りってことだな。了解!」

「だから静かに」

ぴしゃりと遮るその横顔は硬い。

「大量に。何かの集会でもひっかけましたか」雪白は速度を緩めないのに、どうしてこんなに冴えた低さで喋るのか。茜は元の強いひかりを宿した瞳に戻り、麻薬だよと吐き捨てた。

「昨日の連中から芋づる式に、な」と、屋根を降りる。やはり音はない。するすると走り出しながら口を開いた。「麻薬は滅殺せよとのお上からのお達しだ」

「犬は吠えるだけってわけね」

茜は一瞬振り返る。

「吠えるな、咬み殺せ」


そして立ち止まった。


路地裏である。すぐそばに大きな家があり、窓から僅かな光と声が漏れていた。

「あー、黒だね。芳しい匂いがするよ」

「ええ。酷い悪臭だ」

声を揃える二人に茜は頷くと目を瞑り、ふー……っと息を吐いた。

と、家の扉が開いた。どうも麻薬を運び出しているところらしい。当の麻薬を持っている人間は正常な足取りだが、それを護衛する人間は危ういところである。人数は10といったところか。

「ノ風」

「はい」

「あれをやってこい。一人でだ」

途端、風が吹き抜けた。そう誤解すらさせる軽やかさで、ノ風は路地裏から身を躍らせた。フーデッドケープが翻り、細い体躯に不釣り合いな両手剣がずるりと悪夢か何かのように出現する。

ざわめくギルド連中を横目に、茜はなお指示を出す。

「樒、あんたはもし取りこぼしがあったときのため上から見ていろ。あっちは陽動だ。雪白、中を叩くぞ。俺と来い」

「おっけー!」

「了解」

ざん、ざんと肉の切り裂く音と断末魔、悲鳴の中。夜は始まったばかりだとばかりに三匹の番犬が動き始める。

樒は素早く伸び上がって屋根に飛び乗った。飜るスカート。その中からナイフがてろりと妖しく光った。

「さー、どんなもんかね」

言葉の呑気さとは裏腹な真剣な表情。夜目の良さを目一杯に生かし樒は下を見下ろす。

「仕事が雑。減点」

ノ風は本当に風のようだった。かまいたちだとかいう妖怪がいたらあんな感じかなと夢想し、そんな場合じゃないと首を振る。豪風のように刀を振る姿はしかし、動きの読めるもの。最初の数人は上手くいったがその後3人は余裕で逃げた。それは樒が投擲したナイフでさっくりと殺される。

「血管に当たればいいんだよ、ボクのナイフは」何せ毒塗りだからね、と樒は独り言を呟く。

さあ、ここからだ。

「お手並み拝見だよ、ノ風」

一介のギルドの運び屋ともなれば、戦闘経験は大いにある。

すぐさま徒党を組み直した彼らはノ風の斬撃を避け、連携して麻薬を流そうとする。

「ああほら、それに気を取られちゃダメなんだってば。あっちも同じことするかもってなんで考えないかなあ、自分がメインだとでも思ってるのかな」でもお前はメインディッシュには早過ぎるよと樒はごちた。

麻薬を持った男を風が切り裂く。瞬間、その身体が大きく揺らいだ。

マシンガンである。心臓から頭を蜂の巣にされた。

「オードブルには安すぎたかな……」

その様子に樒は近接戦闘用のナイフを取り出し、屋根から乗り出し、しかし戻った。

ノ風が起き上がってきたからである。

「バケモノ……!」

階下からようやく悲鳴以外の声が聞こえた。同感だねと樒は返す。


びちびちびちびち。

そんな音を立てて、ノ風の傷が塞がっていくのだ。血のようなものが糸を引いて傷を紡ぎ合わせていく。銃弾がからんころんと儚い音を立ててノ風の体から排出された。お前はいらないとばかりに。

まず倒れたのは叫んだ男だった。

蜂の巣にされたはずの彼は痛がる様子すらなく淡々と残りを切り刻む。大振りに、3人袈裟斬りすればもうそこに立っている人間はいない。

背中が一気に凍る感覚。

びちゃらびちゃらと、自らの血の上を歩いて近づいてきたノ風がこちらを見上げていた。

ボクにあいつの牙が向いたら。そう思わずにはいられない光景だった。

だが、ノ風は犬歯を剥き出してにかりとわらったのだ。

「上手でしょ?」

「……早かったね」

「そうだろー。でもあいつらちょっと硬かった」

飛び降りた樒はちょっと? と目を眇め、遺体に目を滑らせる。彼らはかっちりと武装していた。あれが少し硬いと。

「でもあいつら間違えたね」傷1つないノ風はにこにことわらっている。それこそ無邪気な子供のように。


「俺はバケモノじゃなくて兵器だっつーの」

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