花はひとりでいきてゆく

作者 市來 茉莉

糸電話越しのラブコール

  • ★★★ Excellent!!!

 西の京は山口。カリヨンの鐘が鳴りひびく丘のふもと。
 そこでガラス職人を生業とするカナには薄く纏ったような家族の気配がある。
 時にシビアな工房主であり、時に夫婦のように同じ時にまどろむ伴侶であり、そして不可解な事故に儚くなった姉の夫でもある義兄さん。
 ゆるゆるとしてけだるい通い婚のような関係を平行して流れていた二人。
 けれどカナには、彼に手を伸ばせない『秘密』があった。


 まず感じるのは筆者さまの表現力です。
 きちんと生活している者がつくる心地のいい空間。
 ガラスを吹く、熱くむせ返るような厚みのある空気。
 色気をはらんだ意地悪な笑みや、荒々しくも甘く疼く淫靡な熱。
 吹き抜ける風やさらりと乾いた質感、光を通すガラス、望みと秘密の間で揺れる苦悩に、温かい人たちの想いと温情。
 そういった情景や心理描写をしっとりとした品格を保ちながらゆるかやに流れる言葉の調べが彩り、そこにある彼らの気配や息づかいを感じさせてくれます。

 触れられそうで触れられない距離があるからこそ想いが募り。募るからこそ抑えることが苦しくなる。
 常に一定の距離を保って募る想いの、熱に浮かされるようなもどかしさは、繋がっていない糸電話を大事に抱えて声を震わせるラブコールのよう。
 落ち着いていて安定感のある、けれど静かな熱を感じさせてくれる濃密な読書体験を、ぜひ。

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