第三新聞部は七不思議の何を知っているのか
そして俺は一人、第三新聞部の部室へと向かう。
どうやら初瀬川の言っていた通り、この学校は文科系の部活にもかなり力を入れているようであり、たとえ弱小でもそれぞれの部に部室が割り当てられているらしい。
そうでなければ、第三新聞部なんかに部室が存在するはずがない。
つまり逆説的に言えば、こうして部室があるということは、一応は学校には公認されているということなのだろう。
とりあえず、ノックを三回。
「どうぞ、開いてるから勝手に入ってきて!」
返ってきたのはそんなぶっきらぼうな言葉。
ゆっくりと扉を開くと、まず目に入るのは机の上にパソコンが一台とその横に古ぼけた一冊のノート。
そして一人の少女が、真剣な顔をしてパソコンとノートを交互を睨んでいるだけだった。
茶色がかったショートポニーテールに、少しツリ目の強気そうな顔。
間違いなく、あのときの女子生徒である
「おお、誰かと思ったらあの時の助けてくれた変で面白くて変な人じゃない! さあ、入って入って」
こちらの姿を確認すると、少女はうれしそうに腕をぶんぶんと振っている。
広くもない部室では明らかにオーバーリアクションだ。
「変な人いうな」
その少女の雰囲気に気圧されつつも、俺は中に入り、部屋の脇に置いてあったパイプ椅子を開いて腰掛ける。
長い間使われた形跡がないその椅子は、ずいぶん埃がたまっていた。
「で、まあ最初に一つ聞いておきたいんだが、この新聞はなんなんだ?」
これまで確証は持てなかったが、第三新聞部の部室に一人でいるということは、こいつが一人でこの新聞を作っているのだろう。
椅子の埃から見ても、他の部員がいる様子はない。
「なんなんだとは失礼ね。見ての通り、この学園の真実を追求してる新聞じゃない」
「真実ねえ」
自信たっぷりなそいつの発言に、さすがの俺も苦笑いするしかない。
とはいえ、【学園の怪】なんてものが影でドンパチをやっていて、俺が殺されているような学園だ。
こいつが脳内で描いている『真実』とこの学園の『現実』なんてものは、結局のところ紙一重かもしれない。
「そういえば、お互い自己紹介がまだだったわね。あたしは有(あり)真(ま)知(とも)実(み)、第三新聞部の部長をやってるわ。ちなみに二年E組よ」
部長という言葉を強調し、自信たっぷりといった様子の有真知実の自己紹介だが、その第三新聞部というのは決して誇れるような部ではないと思う。
「俺は七白空。今日、二年B組に編入してきた転校生だ」
こちらはシンプルにそれだけを告げる。
「転校生!」
有真もシンプルにそう反応した。
そんなに珍しいものか、転校生というのは。
「俺のことはどうでもいい。それより、あの殻田について聞かせてくれ。俺はそのためにここに来たんだからな」
有真が何か余計なことを言い出してしまう前にいきなり本題へと切り出す。
先ほどまでの会話から察するに、おそらくこいつは話が長い。しかも自分の話だ。
そういう時は先手を打って重要な話をはじめるに限る。
「ああそういえば、あの時助けてもらったお礼もしてなかったわね。ありがとう」
有真はそう言って深々と頭を下げたが、そんなのはどうでもいい。
「あれは結果的にそうなっただけだからな。それより、殻田についての話をだな」
「むぅ、人の御礼を華麗にスルーして、いきなり話せと言われてもねえ……」
頬を膨らませ、こちらの態度に少し苛立った様子を見せる有真。
実にわかりやすい。
そしてその態度も長く続かない。
「まあ、あれが大体いつものことだからね。あの人、この新聞部のことを敵視してるから、何かにつけてああやって嫌がらせをしてくるのよ。あれはきっと、暴かれたくない真実を隠し持ってるに違いないわ」
有真は鼻息荒く自分の推測を述べているが、おそらくそれは『当たり』だ。
ああやって校内で地位を築いている殻田は、第三新聞部の矛先が【学園の怪】としての自分に向くことを恐れているのだ。
もちろん、有真自身はそんなことに気が付いてはいまい。
こいつは好き勝手にただ自分の書きたいものを書いているだけだろう。読まなくてもわかる。
「なにか、それっぽいことはあったのか?」
それでも一応聞いてみる。
期待はしていないが。
「特には無いわ。でも、あの取り巻きとか、絶対怪しいじゃない」
うむ、やはり予想通りもっともらしくはあるが根拠のない推測だ。
「なるほどな。それで、殻田はあの取り巻きどもをどうやって集めたんだ?」
「さあ……、殻田が生徒会長になったら、いつの間にか集まってきて膨れ上がっていたんじゃなかったかしら。まったく薄気味悪いわ」
「その点については俺も同じ意見である。あれは気持ち悪いな」
人の形をしているが、まるで生気を感じない。
殻田の意のままに動く人形かなにかのようだった。
「とりあえず、殻田に関してあたしが知ってるのはそれくらい。まあ、あいつらとは用がない限り関わり合いにならない方が得策よ。これ忠告ね」
「そりゃどうも」
あいにく用はありそうなのだ。
俺としても、あんな輩とは関わり合いになりたくないところではあるのだが。
「ところで、転校生の七白君」
有真の顔が、妖しげな笑みに歪む。
あからさまに悪巧みな顔だ。
「あなた、部活とかどこにするかもう決めた?」
殻田の話が終わった途端、有真はすぐに自分の話したいことを切り出しはじめた。
油断も隙もあったものじゃない。
「いや、部活に入るつもりは無いんだが」
適当に答えつつも、会話が膨らまないように壁を作る。
だがこの女は、案の定まったくこちらの話を聞いていない。
「じゃあ、ウチの第三新聞部なんてどう? 丁度、部員募集中なんだけど」
なにがどう丁度なのか。
俺は入る気はないと言っているし、どうせ部員の方も年中募集中だろう。
とはいえ、俺は少し考える。
第三新聞を、これからの七不思議との戦いに利用できないかと思ったのだ。
「……なあ、第三新聞は宇宙人専門なのか? 他の怪奇現象とかには触れていないのか、たとえば、学園の七不思議とか」
誤魔化すように話を逸らし、情報収集へと移る。
この件は、慎重に話を進めなければいけない。
第三新聞をこれからの七不思議の調査に利用するということは、なにも知らない一般人である有真を巻き込むということでもある。
余計なことに巻き込まれるのは俺一人で充分だ。
だが過去の情報にヒントがあるかもしれない。
第三新聞と有真知実は、どの程度七不思議の情報を持っているのだろうか。
「もちろん、有力な情報があればなんでもありよ。そうね、確かに学校の怪談系も面白そうね。……なんで考え付きもしなかったのかしら……? うーん……」
藪蛇だったかもしれない。
だがそれを後悔する暇もなく、本当の蛇が、藪ではなく部室の入り口から現れた。
「それならば、第三新聞の次の号は、七不思議特集号にしてはどうだろう」
そんな余計な声が第三新聞部の部室に響く。
それは、俺には忘れられるはずもない声だ。
「えっと、あなたは?」
「どうしてお前が……」
部室の入り口に立っていた声の主はやはり、俺をこの事件に巻き込んだ張本人、【鏡に映る少女】ミラだった。
ちんちくりんな身体に、相変わらずの不敵な表情。
俺は有真が反応するよりも早くミラの元へと駆け寄った。
(お前、いったい何を考えているんだ)
(どうもこうも、利用できるものはすべて利用すべきだろう? 君の方こそ、なにをまどろっこしいことをしているのやら)
俺がミラに耳打ちするのを、有真は訝しげに見ている。
「ああ、いや、スマン、申し訳ない。こいつはミラ。こう見えて、俺の姉なんだ」
自分でも何を言っているのかよくわからないが、とっさに出た言葉がそれだった。
姉というには無理がある気がしてならないが、妹といったら後々もっとひどいことになりそうな気がしたのだ。
「七白ミラだ。弟が世話になっているようで……。立ち聞きするつもりは無かったのだが、ついつい口を出してしまう性質でね」
「えっ、お姉さんですか!?」
さすがにこの体格で姉というのは無理があったかもしれない。
いや、普通に考えれば無理しかない。
「まあ、これでも姉なのだから仕方あるまい」
「そうですね、すいません」
だが、ミラのその尊大な態度に、有真もどうやら押し切られたたらしく、それ以上は追求もしない。
確かに態度や雰囲気は、明らかに俺や有真より年上である。
口からの出まかせが通ったことは助かったといえば助かったが、すでに事態は俺にとって取り返しが付かない状況だ。
「それで、話は戻るんだが、どうかな、学園の七不思議特集は」
俺を置き去りにして、姉ということになったミラは、さらに話を進めていく。
「悪くないと思います! でも、とりあえず情報を集めないと……」
「フム、それならいいアイディアがあるぞ。なに、学園の生徒達から情報を募集すればいい。『この学園に、面白い七不思議はありませんか』とな」
そんなミラの言葉に俺は失笑を隠せない。
その七不思議自身が、どの口でそんなことを言っているのやら。
「それ、いいですね! 第三新聞の認知度を高めることも出来ますし、一石二鳥!」
有真は有真で、もうすっかりミラの口車に乗せられ、目を輝かせている。
ミラの元まで寄っていってその手を握る始末だ。
放っておけば間違いなく、七不思議の戦いに首を突っ込んでいくだろう。
なんとかして止めなければいけないが、いったいどうすればいい。
無理矢理止めようとしてももう手遅れなのは明白だ。間違いなく泥沼になる。
ならば少なくとも、【学園の怪】の矛先を有真から逸らさなければなるまい。
思考を高速回転させ、そのために導き出した結論は、俺にとって実に不本意なものだった。
「じゃあ、俺がその担当してやるよ。第三新聞部も入部の方向でな」
まったく、どうしてこうなった。
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