第124話 幻惑の町 その1

 それから、数日後。


「……あれか」


 俺たち三人の前に街らしき影が見えてきた。


 それにどことなく潮の香りが漂ってくる。


「海……見れるんですか?」


 と、いきなりそう言ってきたのは、リゼだった。俺とエルナは思わず顔を見合わせてしまう。


「姫様……そういえば海を見たことがありませんでしたね」


 エルナは思い出したようでリゼにそう言う。リゼはそう言われると恥ずかしそうに俺のことを見る。


「ええ……ロスペル様は……見たことありますよね?」


「え……あ、ああ。そりゃあ、あの港町からシコラスの孤島に行ったからな……」


 しかし……俺は覚えていなかった。海がどんな色をしていたのか。


 海がどんな匂いだったのか……まるで霧がかかったかのように覚えていない。


 というか、実際あの時の記憶はまるで霧がかかっているかのように覚えていないのである。


「とにかく。行こうか」


 エルナのその言葉とともに、俺とリゼ、そして、エルナはテンペスへと向かうことにした。


 ただ……テンペスに向かう途中で、既に異変は起きていた。


 まず、誰ともすれ違わないのである。人がとにかくいない。


 街に近いのだから、誰かしらすれ違っても良さそうに、誰とも会わないのである。


「……妙だな」


 エルナもそれに気付いたようである。そして、俺はあるもう一つのことに気付く。


「どうにも……霧が出てきたな」


 先程まで晴れていたのに、テンペスに近づいていくことに、霧がかかってくるのである。


「これは……霧……ですか?」


 リゼは霧を見るのも初めてだったようで、むしろ興味津々で霧を見ている。


「おい、あまり迂闊に動くな。俺かエルナの近くにいろ」


「あ……すいません」


 リゼはそう言って俺の側に寄ってきた。


 明らかにエルナの鋭い視線を感じたが……エルナもすぐにリゼの近くに寄ってきた。


「……ここは、街の入り口か」


 と、いつのまにか、俺たちはテンペスの入り口にやってきていた。


 しかし、相変わらず入り口にやってきても、街には人のいる気配はない。


「どうも~。いらっしゃい~」


 不意にどこからか……それこそ、霧の彼方から聞こえるような、間延びした声が聞こえてきた。


「え……どこだ?」


「あ……あそこです」


 最初に声の主を見つけたのはリゼだった。


 リゼが指差す方向には……確かに人影があった。

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