第115話 優しさの理由 その2

「リゼ……こんな時間にどうした?」


 俺は予想外の訪問者に、思わずそう訊ねてしまう。


「あ……すいません。その……眠れなくて……」


 リゼは苦笑いして俺にそう言う。


 眠れない……違う……眠ることができないのだ。


 リゼは……人形だから。


 俺が彼女を人形にしてしまったから。


「……部屋に入れ。どうせ俺も眠れないからな」


「フフッ……一緒ですね」


 嬉しそうに笑うリゼ。それを見て、俺は今一度思う。


 違う……この子はリザじゃなかった。全く違う子だった。


 それなのに、俺は無差別にこの子を殺した……自分の欲望のためだけに。


 これではまるで、あの狂ったメイドと同じではないか……


「ロスペル様?」


「え? あ、ああ……すまん」


 今更ながら、罪悪感に押しつぶされそうになりながら、俺は、リゼを部屋に迎える。


 部屋に入ったリゼは居心地悪そうに周囲を見回していた。


 先程リゼは部屋を出ていった……それなのに、なぜ戻ってきたのだろうか。


「……あの」


 リゼは申し訳なさそうに話を切り出した。


「ん? なんだ?」


「……実は……少し聞いてしまいまして」


「え……何を?」


 すると、リゼはまたひどく申し訳無さそうな顔で、俺にそう言った。


 なんとなくだが……リゼが何を聞いてしまったのかは理解できた。


「……ウルスラと俺の話か」


 俺がそう言うとリゼは悲しそうな顔のままで、小さく頷いた。俺は思わず大きくため息をついてしまう。


 しばらくの間、俺とリゼの間には沈黙が流れた。無論、俺は怒っていない。どう切り出せばいいのかわからないのだ。


 おそらく、身体を元に戻す方法がわからないかもしれない、ということもリゼは聞いてしまったのだろう。


 そうなると、俺は……今までリゼに嘘をついていたことになる。同しようもないほどに酷い嘘を。


「……行かないで下さい」


 と、俺は自分の耳を疑った。リゼは小さな声で確かにそう言った。俺は思わずリゼのことを今一度見てしまう。


「え……なんて?」


 すると、美しいガラス玉の瞳は、夜の月明かりを移して悲しげに輝いていた。


「……行かないで下さい。私は……ロスペル様に……一緒にいてほしいのです」


 俺は思わず呆然としてしまった。


 ウルスラと行くということは、俺はリゼを人間に戻す義務を放棄しようとしている……怒られるならまだしも……なぜリゼはこんなことを言ってきたのか、俺にはまったく理解できなかったからである。


「……お前、なんでそんな……いやいや。確かに聞いていたんだろう? そうなると、俺はお前のことを――」


「……私の愛する人はもう、エルナしか残っていません」


 俺が先を言おうとする前に、リゼは俺の話を遮ってそう言った。そして、懇願するような目で俺を見る。


「ですから……どんな形でもいいから私は……自分とつながりのある人に、側にいてほしいのです……」


 おそらく涙が出ていたら、泣いていたであろうという顔でリゼはそう言った。

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