第50話 魂胆と目的 その6

 しばらくの間俺とリゼの間には沈黙があった。


 リゼも視線をどこにやったらいいのかわからないようで、しばらく落ち着かない様子でガラス玉の目をキョロキョロさせていた。


「……で、どうなんだ?」


 沈黙を破るつもりで、俺はリゼに今一度訊ねた。リゼは俺のことをもう一度見て、ためらいながらも口を開く。


「……それは、恨んでいないと言えば、嘘になりますね」


 その言葉を聞いて、なぜか俺はホッとした。無論、そんなことは当たり前なのだが、もしここで、恨んでいないなどと言われてしまったらどうしようかと思ったのだ。


 もしかすると俺は、このリゼという少女の人としての心までも人形にようにしてしまったのではないかと思っていたからだ。


 人形ならば、恨むなんて感情は存在しない。だからこそ、俺はその言葉を聞いて安心したのだ。


「そうか。悪かったな。呼びとめて」


「……ですが、私は、ロスペル様のことは、嫌いではありません」


 聞き流そうとしていた次の言葉で、俺は思わず目を丸くした。そのガラス玉の目は、嘘をついているようには見えなかった。


「……嫌い、じゃない?」


「ええ。そうです」


「……なんでだよ。俺はお前のことを……」


「だからこそ、ですよ」


 そして、なぜかリゼはニッコリと笑った。その笑顔はやはりリザのそれとそっくりだった。


 だけど、なんだろうか。リザとは何かが違う。リゼという少女の背後にある何かがその笑顔をリゼのそれと全く違うものとしていた。


「どういうことだ? だからこそ、って」


「……私は、今まで籠の鳥でした。そして、そんな私に接する人々は皆どこかよそよそしくて、なんだか……私は苦手でした」


 困ったような顔でそう笑うリゼ。


 第二王子の娘、未来の王女になる可能性があった少女なのだから、そんな風な待遇を受けていても全く不思議ではない。


「でも、それも父上が生きている間だけでした。父上が亡くなった後は、私をそんな風に扱っていた人はほとんどいなくなりました。残ったのはそれでも私に仕えてくれる数名の従者とエルナだけ……」


「そうか。まぁ、戦争に負けたんだからな、仕方ないだろう」


 俺がそういうと、リゼは不機嫌になるかと思ったがそうではなく、なぜかフッといきなり噴き出した。


「な、なんだよ」


「ふふっ……いえ。いいんです。ロスペル様って、正直な方だなぁって」


「正直? 俺が?」


「ええ。正直で、純粋です。だって、愛する人をもう一度この手で作ってしまおうと考えるなんて……それほどまでに貴方は、恋人のことを思っていたのでしょう?」


 そう言われて俺は返す言葉に迷ってしまった。そうではないかもしれない。


 俺はそもそも、一回錯乱して目の前の魔人形リゼを殺そうとした。其の時に俺はリゼを作った理由を「もう一度リザとして殺すため」とはっきり言っている。


 それなのに、リゼは俺のことを正直で純粋な人間だというのだ。


 なんとも……馬鹿げた話ではないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る