2-26
赤黒い血痕の付着した木製バットが振り下ろされる。
少女はそのタイミングに合わせ、わずかにチェンソーを起動させ右腕を振り上げる。ギィン、という金属音が鳴り響き、マスクの男の攻撃は弾かれてしまった。
コツがなんとなく掴めてきた。少女――トォタリはゆっくりと息をし距離を取りながら、己のなかに新たな攻略法が構築されつつあるのを実感していた。
今までの彼女の戦法はいわゆるゴリ押しだ。その場の勢いでうわっと突撃して、やられたらまたそれを繰り返す。そうやって何度もトライ・アンド・エラーを繰り返すうちに、なんとなく敵を倒していた。やった。いけた。やるじゃん、あーし。そんな感じだった。
――でも、
ものごとは、ぜんぶがぜんぶそれでうまくいくわけじゃない。だから一階でちょっとやったみたいに、ある程度の戦法も必要になる。
マスクの男は、いまはゾウ頭になっていた。立派な象牙が突き出し、長い鼻をだらりと垂らしている。獣のにおいをぷんぷんと充満させていた。あの大きな耳が拡散させているように思えた。肩をいからせ、次の攻撃を繰り出すためにトォタリのまわりをうろうろと歩く。ゾウというより獲物を品定めする肉食獣のようだった。一歩踏むたび、天地がひっくり返りいまや足元にある天井の鉄格子が、がしゃがしゃとやかましい音をたてる。
相手の出方はわからない。でも、そのわかりやすい音がいまはありがたい。
がしゃん――――!
右後ろから突撃してくる。さっきのように右腕で対処するのは難しい。なのでトォタリはすんでのところでそれを回避する。
が、
「いだっ!」
読みが浅かった。バットは使わず、からだ全体で突撃してきたのだ。右肩が外れそうなほどに大きな衝撃がかかり、倒れる。右肩に、象牙によってつくられたやや深い切り傷ができていた。
マスクの男は速度を緩めず、真正面にあった棚に衝突する。棚は大きくひしゃげた。ややよろめきながら向き直り、もう一度こちらに突進してくるつもりのようだ。
「よーし! 来い!」
トォタリはよいしょと起き上がると柏手を打ち、足を開いて構える。
マスクの男は、どういうわけか首を切り落とさない限り自発的にマスクを変えることがない。最初はニワトリ、つぎにタコ、そしていまはゾウ。すべての種類のマスクを被らせなきゃいけないのか、それとも――それこそゲームにおけるボス戦のようにどこかで明確な終わりがくるのか。
これがゲームであり、ひとつのミッションである以上、どこかにクリア条件はあるはずだ。もしかすると、外にいるキルシがなんらかの鍵なのかもしれない。このミッションがふたりプレイ推奨である以上、あいつがいないとだめなのかもしれない。
でもだとすると、いったいなにが……。
ゾウが鳴き、前傾姿勢で突進してくる。
とりあえず攻撃パターンを見極めて、ゴリ押しはなるべくやめて、残りのエネルギーのことも考えて冷静に対処する。それがいまの目標だ。
巨体がぐんぐん迫ってくる。鉄格子が揺れ、下からにょきにょきと生えた蛍光灯が震える。
弾くか。回避するか。それとも――
「ぅおらっ!」
衝突寸前のところでトォタリは腕をのばし、二本の象牙を両の手でがっしりと掴んだ。
そしてそのまま前転するように宙に跳び上がり、相手のスピードとパワーを利用してその巨体を投げる。
ぶっつけ本番の割に上手くきまったが、着地に失敗して尻もちをついてしまった。
まあ、でも上手くいったからいいか。トォタリは満足そうに笑みを浮かべた。
マスクの男が立ち上がり、もう一度構える。
そのときだった。
ドン・キホーテ全体を横殴りにするような衝撃がはしった。
ぼろぼろになっていたいくつかの棚がどこかで倒れる。
マスクの男はある一方向をじっと見つめている。もはや商品が並んでいないからっぽの棚がある。だが棚を見ているのではない。棚の奥にあるなにかを、その
トォタリもその方向を見た。
そして、場にそぐわない、なんとも間の抜けたメロディーがフロア全体に流れ始めた。
ぽぽ~ぽ、ぽぽぽ。ぽぽ~ぽ、ぽぽぽ。
マスクの男がやってきたのと同じ、呼び込み君の音だ。
天地が逆になった従業員用の扉は威圧感を放っていた。それだけじゃなく、どんどん温度が高くなってきている。マスクの男は獣的な眼や感覚でそれに気がついているのだろう。クリーム色の扉は赤みを増していき、表面がふつふつと泡立つ。熱せられたバターのようにドアノブが溶けていき、そして――ぼとりと落ちた。
ごっ――!
扉が盛大に吹き飛び、灼熱の炎がリノリウムの床を舐める。
四頭の馬のいななきとともに、燃え盛る馬車が飛び込んできた。
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