2-24

 炎で彩られた黒い道を、コールタールの怪物がふたつの脚で駆けていく。


 数キロ先には真っ赤な地獄が渦巻いている。


《おまえなにつっぱしってんだよ!?》


 改造人間ミイファ=ミイファはうろたえる。ただの自殺行為だとしか思えないからだ。


 実際、自殺行為だ。〈国道の王さま〉たちが参加する死のレースは、基本的に一度コースアウトしたり本人が命を落としたら、すぐさまリタイア扱いになる。コースには復帰できない。


 キルシはこのハシャマス杯というレースに流れで巻き込まれているだけだ。本当はトォタリとともにドン・キホーテを攻略している最中だ。


 ゲームが二重に重なっている――〈王さまプレイヤー〉たちがゲームをかけもちすることはあっても、ゲームそのものが同時に重なってしまう例は珍しい。


 今ここで死んでしまうと、どこで復活リスポーンするのかわからない。ドン・キホーテの建物自体が宇宙を突き進んでいる以上、さっきみたいに地球の――敷地の外で復活するのか。それとも座標が狂い、延々と極寒の宇宙に放り出されつづけるのか――


 コースチェンジまであと30秒もない。このコースに取り残されてしまうまえに、あの業火を突破しなければならない。


「あそこで戦ってる人がいるんです!」キルシは返事をした。「早く行かないと!」


 ジッポライターをさらに強く握りしめる。


 このライターに意味があるのかどうかわからない。ただの屋上の鍵だと思っていたものが、君臨号を首輪から解き放つものだったように、これにも意味がありそうな気がしてならなかった。


 やりたきゃ勝手にやればいい。ミイファはひとりごちてコクピットに戻る。ひんやりした耐ショック性ジェルに全身を包まれる。アメフラシはなにか言いたげだった。


「…………」


 遠ざかるキルシの姿を、アメフラシはしつこくズームアップする。




 継ぎ目をよくみろ。


 唐突に君臨号がいった。


 チュートリアルだ。おまえ以外の宇宙の継ぎ目と流れを、感じろ。


「継ぎ目? ……って、なんの」


 疑問をそのまま口にすると、足裏の感覚がよりいっそう鋭敏になった。ハイテクスニーカーのようにゴツくて硬質な足が、まるで裸足のように感じられた。一歩一歩踏み出すたびに、敷き詰められたアスファルトの粒がひとつぶずつ感じられた。疲れで脚が重くなってきている。そっちに気を取られそうになりながらも、キルシは意識を足裏に集中させた。


 完璧に見える、星々をゆく道路――全時空の道路の無意識を寄せ集めた集合体。それは巨大な構造物でもあるし、川で、情報網インターネットだ。見かけは穏やかだが、わずかながら継ぎ目が存在していた。


 右足を踏み出す。足裏の親指の付け根にピリッとした刺激がはしる。


 左足を踏み出す。今度はなにもない。


 また踏み出した右足も、今度はなにもない。


 左足――足の裏のくるぶし付近に、小石のような違和感があった。でもそれは踏んでもあまり痛くなくて、ゴムのようだった。キルシにはわかる。これはただの小石なんかじゃない。もっと根源的なものだ。


 ――そこにとびこんでみろ。


 獣の鼻息を耳元で感じた。その場で跳躍して宙返りをし、感じた違和感へと――硬質なボディアーマーを瞬時に柔らかな極細の糸にして、飛び込む。




「消えた!?」


 消えたわけじゃないことは、ミイファにはもちろんわかっていた。一瞬にしてキルシのからだが細くなった瞬間を、この目でしかと見ていたからだ。


 アメフラシが歓喜と混乱が入りまじった口笛を吹く。ゲームシステムが提供しているコースマップが表示された。簡略された長大な道路を模した立体映像の上に、多くの参加者たちは光点として表示されていた。


 ひとつだけ――ひとつの光る点だけが、妙な光り方をしている。それはキルシのものだった。どこかほかの参加者たちと違って、光が弱い。斜め上からのアングルで表示されていた道路の立体モデル回転させ、真横からのアングルに変える。


「……はっ!」


 ミイファはマスクの下で笑う。


 その光点は道路の上ではなく、下にぴったりと吸い付くように表示されていた。

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