2-7
ゆったり降下するリフトが抜けた先には、広大な空間が広がっていた。高さは20メートルはありそうだし、学校のグラウンドが三つも四つも入りそうなほどに広い。
戦闘機や飛行機が格納されたハンガーや、巨大な物流倉庫に似ている。イケアかコストコのように巨大な棚がきちんと整列していた。棚の柱にはアーム付きの自走機械が走っており、アームでさまざまなものを取り出したり移動させたりしている。天井からもアームがぶら下がっていた。
広い空間にウィーンという機械の音がひかえめに響く。さっきまでの白くて漂白された通路とくらべると、ここはちょっとした工場のような小さな賑わいがあった。においがする。木材のにおいと、プラスチックのにおいと、あと少しだけシンナーのにおいも。
「〈キャプテン・スーパーマーケット〉っていうのは、文字通りスーパーマーケットを率いる存在なんだよ」
リフトの手すりに手をついて倉庫を眺めながらトォタリさんはつづける。その眼差しは、どこか慈しむようだった。
「どこかの宇宙、はるか彼方の銀河系。遠い未来――もしくは遠いむかしに発生したんだ」
「なにが、ですか……?」
「スーパーマーケットとか、ドラッグストアとかホームセンターとか、まあそういう企業の連合――〈
よく見ると、林立する棚のあいだには生産ラインのようなものがあった。国道沿いでよく見られる平屋タイプの建物たちが垣間見えた。いくつも並んで、行儀よく押し黙っている。棚に張り付いて整理している機械たちとは対照的に、屋根を取り付ける巨大なアームは、ナナフシのようにじっと動きを止めている。店頭に直立するはずのポールが、伐採された竹のようにまとまって積まれている。おみやげ屋さんにあるキーホルダーやピンバッジのように、店舗のネオンサインがいくつも倉庫の壁にかかっている。
まるでここは、スーパーマーケットの生産工場だった。スケール感覚がおかしくなりそうだ。
ゆっくりとくだっていたリフトが停止し、僕らは倉庫に降り立った。まさか郊外のトイザらスの地下にこんな空間が広がっているなんて――
中層の団地や学校の校舎ほどはある棚を見上げた。スーパーマーケット製造用のパーツが収められているらしく、色とりどりの外壁や床材が各段に積まれていた。
「〈連合〉は利益を出すために過去でも未来でも……あとなに、並行宇宙? でもなんでもいいから出店しはじめたんだ」
ストップした生産ラインへと歩く。棚と棚のあいだをとおる僕らは、まるで小人だ。
「キルキル――あんたさあ、聞くまでもないかもだけど、国道、よく歩いてんだろ?」
「ええ、歩いてますよ」
「夜とかに?」
「主に夜とか明け方に歩くのが好きっすね」
「いいよね~、夜と明け方はさ」トォタリさんは純粋に微笑んだ。「あーしも好きだよ。ぜんぶ静かで。きれいで――」
巨大なベルトコンベアーの上には、作りかけのウエルシア薬局があった。
「変なこと言ってるかもしんないけど、夜の国道沿いにある店って、特別なきれいさがあるだろ?」
彼女の言葉を受け、僕は脳裏に思い浮かべる。
眼の前で沈黙しているウエルシア薬局が完成し、広い駐車場の奥で外灯を浴びながら――また自身の内側からまばゆいばかりの光を発している、その荘厳な光景を。
いや、ウエルシア薬局だけじゃない。ライフも、マクドナルドも、デニーズも、マックスバリュも、すべてが輝いているさまを。
夜道を往く僕らをいざなう、ある種、宗教的とも感じられるそのネオンサインたちを。
切り分けられたチーズケーキのような、クリーム色の外壁を。
働き詰めの車たちに休息を与える、慈母のように寛大な漆黒の駐車場を。
「まるで宮殿か、教会か、それから――」
トォタリさんは製造途中の店舗の前で立ち止まる。店舗はよく見ると、下駄を履かされたかのように大きな機構のうえに載っている。その機構には、円筒形の大きなパーツや小さなパーツが付いていた。まるでジェットエンジンだ。
「それから――宇宙船みたいに」
遠い夜空の彼方から、紅蓮の炎を逆噴射させながら舞い降りたスーパーマーケットを想像してみる。雲を突き抜け、人知れず国道沿いの空き地に着地し、地中にロックボルトを打ち込み、ポールサインをにょきにょきと生やし、電線から電気を引っ張ってきて光を発するその瞬間のことを、想像してみる。
「まえまえからふしぎだった。なんでこんなにきれいなんだろうって。でも、〈Mz連合〉がやってることを知ったら納得がいった……。
宇宙船なんだよ、この世界に存在するいくつかのスーパーマーケットは。国道沿いの店は。
やつらは宇宙から来た。宇宙から来たものなんだから、そりゃきれいに決まってる」
トォタリさんはどこか畏敬が込められた恍惚とした表情で語りつつ、クリーム色の外壁をそっとなでる。その手つきは、ぐっすりと眠る赤ちゃんに接するように穏やかだった。彼女と会って約一ヶ月ほどだけれど、こんな顔ははじめて見たし、こういった面があるなんて想像もしていなかった。
「地球産のスーパーだって美しいものだと思うよ」
先輩の軽い反論に対してトォタリさんは特にリアクションはせず、ああ、とだけ頷いた。
「だって、地球のスーパーたちはこいつらのとおい子孫でもあるし、とおい父親たちでもあるからな」
僕らに向いたトォタリさんの眼は、それが世界の真実だと言わんばかりだった。
「このスーパーたちで成り立った艦隊を守る――それがあーしの役目」
そして、ちらと自分の右腕に視線をやる。
「それから〈連合〉の重要な顧客たちを伐採して、その将来的な利益を著しく損害する〈フレッシュ・マーケット〉たちの駆除も――な」
「その連中に――トォタリさんは改造されたんですか?」
僕は言いよどみつつも尋ねる。先輩は僕をやや咎めるような視線をおくる。なに無神経なことを訊いてるんだ、と。
トォタリさんは一度足元を見て、ふたたび僕に顔を向けると、困ったように頷いた。
そうだよ。だから? なに? だから復讐するんだよ。あたりまえじゃん。
――とでも言いたげな、でも、もうそんな言葉は言い飽きたかのような面持ちに、僕はなにも言えなくなる。
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