早見 3
「ハヤトさん・・・・・これは命令です。
これを持って早く行きなさい。
貴方も少なからず人を殺したでしょう。
その罪を、生きて償いなさい」
生まれて初めて、泣きたいと思った。
涙は流れない不自由な身体。
僕はアタッシュケースとタブレットを大事に抱えると、早見さんとは反対方向へと歩き始めた。
足音が遠のいていく。
早見さんも別の方向へ歩き始めたみたいだ。
5m程進んだ所で、後ろを振り返ってみた。
もう早見さんは居ない。
これで永遠にさよならか。
最期に形見になるような物をもらっておけばよかった。
早見さんと一緒に写った写真も無ければ、一緒に居た証すらない。
僕が忘れてしまえば、早見さんの記憶は風化してしまう。
忘れたくない。
この人が存在していたという証が欲しかった。
誰かに伝えたい。
また早見さんに会いたい。
会おう・・・・・・・もう一度。
タブレットを確認する。
土の国との落ち合う場所へは少し距離があった。
僕の任務はこのタブレットを渡す事。
これさえ渡せば、この国で何が起きていたのか大体の人間は理解出来るだろう。
・・・・なら、僕なんて存在しなくても良い。
アタッシュケースとタブレットを持ち直すと、全力で走った。
土の国の人間が待つ場所へ。
これを渡したら、早見さんの所へ行こう。
僕も手伝いたい。
眞鍋というモンスターの討伐を。
そして早見さんを守りたい。
もう一度会いたい。
思い返せば、つまらない人生だった。
学生時代は平均的な成績を取り、卒業後はなんとなく国関連の仕事へ就職。
ここに勤めれば老後は安泰だろう位のゆるい考え。
家と仕事だけの日々。
つまらない。
いつも仕事帰りに弁当屋で弁当を買って帰る。
料理なんてしない。
この店に通って数年。
もうメニューは全て食い飽きた。
他にも店なんていっぱいある。
別にここじゃなくてもいいのに、この店にわざわざ通う理由。
それは・・・・・。
「いらっしゃいませー」
年齢は俺より少し下くらいだろうか。
決して美人というわけでもなく、可愛いというわけでもない。
飛び抜けて惹かれる何かがある訳ではないけれど、なんとなくいつも一生懸命働いていつもニコニコしているから何か気になった。
それだけ。
特別会話をする訳ではなく、淡々と弁当を注文し金を払い、受け取って帰る。
それだけ。
知り合いでもなく、お互い顔を知っている位の関係だ。
たまに常連客との会話が耳に入る事があった。
特にやる事がなく、会話に耳を傾ける。
シフトは毎日。
どうやらシングルマザーで息子が1人居るらしく、自分が働かなければならないみたいだ。
夜の時間帯は自分の親が息子を見ている事。
息子とは朝ご飯を食べる時くらいしか会えないらしい。
・・・・・苦労してるんだな。
その会話を聞いて以来、俺は弁当を受け取る時に礼を言う事にした。
息子との貴重な時間を裂き必死に働いてくれるお陰で、俺は弁当を食べる事が出来る。
その感謝の気持ちを言葉で表しただけ。
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