第107話人とモンスター 6



「そ・・・それ・・は・・・・・」


声が震えて、上手く話せない。

母は何も言わず、黙って冷たい視線をこちらに向けている。


なんで怒っているんだ?!

さっきは、ニコニコしていたのに・・・・。

もしかして、ハヤトがもうココに居ないから・・・・?

ハヤトが消え、俺しかこの場所に居ないから、ニコニコするのを止め、いつもの母に戻った?


違う!そんなんじゃない!

今の俺に対して、昔みたいな態度を母が取る事はありえないんだ。

あの時は、俺が学校に通っていて暗かったから、冷たかったんだろ?

今ピリピリしてるのは、ホテルまで来るのが疲れちゃったんだよね?

そうだよね?母さん!!!




「まぁ、いいわ。家に帰ったらゆっくり話しましょうか。疲れたし」


そう言うと、俺から視線を外し、目を閉じた。

その後、自宅へ到着するまで、母が目を開ける事はなかった。



ほら、やっぱりそうだ。

久しぶりに外出して、疲れちゃったんだろ?

だから、俺に冷たい視線を送ったんだね。


よく考えてみれば、参観日どころか、母は運動会や学芸会にすら来ようとはしなかった。

元々、そんなに頻繁に外出するようなタイプの人間ではない。

そんな人が、わざわざ俺を迎えにホテルまでやってきた。


車で来れば20分足らずで着くけど、母は普段からインドアな人間。

普通の人にしてみたら、たった20分だけど、母にしてみたら20分も外出したという事になる。

自宅からホテルまでの移動距離を考えたら、疲れてイライラするのだって仕方がない。




そもそも、給料は俺が働いて支給された物だ。

それを受け取れなかったからといって、母が激怒する理由なんて何処にもない。

さっきのは、俺の思い過ごしなんだ。

母はそんな人間じゃない。

俺を 金を楽に手に入れる為の道具 なんて、思っちゃいないんだ。



そうだよね?母さん。

だって、さっき血まみれで汚い俺を抱きしめてくれたじゃないか。

それが、母さんが行動で示した全ての答えなんだよね?




静かに車は、自宅へと到着した。


「明日は、朝の8時くらいにでも迎えに来て下さい」


運転手さんへ伝言を伝えると、頭を下げる。



「ごゆっくりお過ごし下さい」


そう言うと軽く微笑み、運転手さんはホテルへと戻っていった。

50代くらいの優しそうな男性。

考えてみたら、初めて顔を見て会話したかも。



玄関を開けると、薄暗い廊下が見える。

俺が住んでいた頃と、何も変わらない。


相変らず、声を発しようとしない母は、

靴を脱ぐと、スタスタとリビングへ歩いていく。

俺は・・・・・・、何処に居ればいいんだろう?

この家での居場所なんて、自分の部屋くらいだ。

ひとまずそこで、寛ぐ事にしようか。


部屋へ歩いていこうとしたその時、



「あ、アンタの部屋、もうないから」


母がこちらを振り向くと、それだけを言い、リビングの扉を閉めた。



部屋が・・・・ない・・・・?

なんで?どうしてないんだよ?!

俺の部屋がないって・・・・・、なら俺は、この家に戻ってきた時、どうすればいい?


まさか・・・・・・、もう俺はこの家に必要ないって・・・・・事・・・・・?



呆然と廊下に立ち尽くしていると、リビングの扉が開く。

扉の隙間から、ヒョコっと母は顔を出すと、



「何突っ立ってるの?早く中に入りなさい。お茶が冷めるじゃない」


そう言い、再び扉を閉めた。



お茶が冷める・・・・?

って事は、俺のお茶を用意してくれているって事・・・・?




「・・・ははっ・・・・」


母が俺の為に、お茶を用意してくれた事が嬉しくて、顔がニヤけてしまう。

やっぱり違う。

悪い事ばかり考える俺が、愚かなんだ。

母は俺に、お茶を用意してくれた。

必要のない人間に対して、お茶なんて用意しないだろう。


俺は、この家に必要な存在なんだ。

胸を張って、この家に居て良い存在なんだ。



早くリビングへ入ろう。

お茶が冷める前に。


ニヤけ顔を必死に隠しながら、母の後を追い、リビングへと入る。

ここに入るのも久しぶりだ。

飯を食う時くらいしか、立ち寄らなかった場所。

少し緊張する。


そして、母からお茶を入れてもらえるなんて、初めての事だ。

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