「というわけだ」


 珍しく閑散としているカフェテリアの一角。四人席のテーブルで、真向かいに腰かけるイチさんはそう締めた。


 いや、というわけだ、じゃない。全くもって締まってない。二人の話を聞いて少なくともそんなすぐに、成る程なぁ~納得納得~、などという感情になんかなれやしない。


 喉が渇いたのか、イチさんはバニラシェイクの入ったガラスのカップを手に取る。このカフェの名物で、日によってはお昼過ぎには売り切れている時がある。


 少し太めの紙製ストローに口をつけ、一気に吸い込んだ。もうここに来てかれこれ三十分は経過している。けれど、まだ溶けておらず、吸い込みは激しい。両側の頬が潰れたように痩せこける。


「何か質問は?」


 そう問いかけてきたのは、イチさんの隣に座っているトーさん。ホットコーヒーからはもう湯気は出ていない。


「質問、ですか」


 ゼミや講演会とかの最後で使われる常套句。つまり、彼らの素性や目的、そして彼らが対峙する“怪異”とかいう敵の存在や特徴、何より幽霊や妖怪とも違う特異性についての話は、これで終わり、ということ。


「はい、何かございますか?」


「い、いえ」


 とりあえず答えたけれど、もし質問という単語を気になることと同一の意味で使っているならば、答えは変わる。

 ある。沢山ある。もうめちゃくちゃある。何かと問われれば、全て。どんな部分とかじゃない。さっき話したこと、懇切丁寧な説明の丸々。


 改めて質問し直したい。おそらく同じ答えしか返ってこないことは分かっている。けれどそれぐらいに、語られたことを信じることができないのだ。

 だって彼らが話すことはまさに、奇々怪々、魑魅魍魎、摩訶不思議の連続。そんな空想の世界でしか、言ってしまえば作られた下手な嘘のようにしか聞こえなかった。


 百歩譲って、いや一万歩譲って、この際それは一旦脇に置いておこう。二人の飲み物を奢ったことも、てかそんなことはこの際どうでもいい。


「それで、お二人はこの一連の事を追いかけていると」


「そーゆーこと」


 イチさんはテーブルにある紙製コースターの上へ置き、背にもたれた。椅子にかけてあった黒い袋が少しずれる。竹刀袋だろうか?


「なら、今回のこと引き起こしているのは怪異であり、お二人は現れるとその気配を察知する、霊感のようなものをお持ちであると」


「そう」


「それで今回も察知して動いていたら、写真に写ったりとかしちゃっていた、というわけですね」


「そうそう。なんだよー飲み込み早いんじゃねえか」


 早いんじゃない。飲み込むのを諦めたんだ。口に残ったまま、腑に落ちてないままに話を進めてるんだ。


「んじゃ、オレからも一つ訊いてもいいか」


 まさかの逆質問。


「ど、どうぞ」


 すると、イチさんはテーブルに肘をつき、顔を近づけてくる。


「その、知ると呪われる言葉、ってなんだ?」


「え?」予期せぬ反応に僕も驚く。「ご存知なかったんですか??」


「ネットとかオレら疎くてよ。普段も使ってねえから」


 使わない、って……


「スマホとかは?」


「持ってない」


 いや、今の時代、持たないという選択肢が可能なのか? 一つの生活必需品と化しているこの現代だぞ。ネットと隔絶した生活なんか送ることなど……まさか、この若さで隠居でもしてるのか? いや、しているにしては格好は世俗的だ。


「そんなことはどーでもいいんだよ。んで、知ると呪われる言葉ってなんだ?」


 ああ。


「そういうのがあるらしいんです」


「ある、らしい?」イチさんは眉間の皺を濃くした。


「いわゆる都市伝説でして」


「じゃあ、どんな言葉なのかとかは分からねえのか」


「は、はい」僕は頷き交じりに答える。


「なんだよそれ。ざっくり中のざっくりだな」

 まあ、そう言われてしまえば確かにそうだ。


「となると、先程のと関わり合いがあるかどうか……」


「今んところ、可能性は低いだろうな」


「あっいや」僕はひとつ思い出し、二人の会話は止めた。「さっきの飛び降りた女性、実はその少し前にうちの部室に来たんです」


「部室?」


「あっ、実はぼ……私、51エリアズという部に所属しておりまして。そこは……」


「その辺はなんとなく分かるよ。聞きてえのは、なんであんたのいる部室に来たんだ」


「部員の方だったんですか?」質問者がトーさんに代わる。


「いえ、違います。突然やって来たんです」


 最初、加入希望者だと思ったぐらいだ。


「突然ってなんで?」


「51エリアズでは活動報告として、毎月記事を書いてブログに出しているんですけど、少し前から、その知ると呪われる言葉について特集を組んでいました」


「ちょい待て。ブログって、ネットの日記みたいなやつだよな?」


「ええ」


「書いてるのは?」


 僕は手を挙げる。


「書いている最中、彼女がやって来たんです。で、こう尋ねてきました。記事を書いているのは誰か、と。自分だと答えたら急ににじり寄って、身体を掴み、叫んだんです。駄目だ、あの言葉を追ってはいけない、って」


 二人は静かに僕の話を聞いていた。じっと動かず、眉間に皺を作っている。


「何故なのか詳しく訊こうとしたんですが、彼女一人ぶつぶつ呟いてから突然走り出し始めて。心配になって後を追いかけたんですが、そのまま屋上に行き、勢い余って……」


「だから、屋上にいらっしゃった」トーさんは納得したように小さく頷いた。「偶然居合わせたとかではなかったんですね」


「彼女の言動が、その怪異とかいうのに取り憑かれて動かされていたのか、それとも彼女の自我で動いていたのか。今となっては不明です。しかし、彼女が追うなと言っていた言葉というのが、その呪われる言葉だとすれば、今回の一連のことと関わっているのではないでしょうか」


 二人は顔を見合わせると、トーさんが耳打ちをする。イチさんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。だが少しして、「仕方ねえか」と小さく呟き、トーさんに目線を配り、縦に頷いた。


 それを確認し、トーさんは僕に向き合った。


「あくまでご提案です。お断りいただいても構いません」


「はあ」何を言われるのだろう……


「お力を貸していただけませんか」


「え?」


「仰る通り、関連している可能性はあるでしょう。時間を割いて調べる価値は十分。とはいえ、時は一刻を争ます。これ以上被害を出さぬためにも、僕たちより詳しい方にご協力を仰げればと」


 要するに、一緒に調べてくれないかということか。


「いや、とはいえですよ。所詮学生が趣味に近い状態で調べている程度ですから、そこまでは……」


「無いよりはマシってことよ」


「コラ」トーさんの叱咤は素早かった。


「へいへい、もう喋りませんよ」


 イチさんは両手を重ね、口に蓋をした。

 普段からこういうような会話が繰り広げられているのだろうな。


「すいませんでした」改めて僕の方に向き直すトーさん。


「いえ」


「それで、いかがですか?」


 いかがですか、か……


「この怪異がどういう類いのものなのか、今の時点では正直に言って、分かりません。危険が伴う恐れもありますので、先程もお話しした通り、お断りいただいても結構です。勿論僕らが全力でお守りはしますが、無理強いはしたくありませんので」


 けれど、うちの部の存続にも関わることでもある。危険なのは嫌だけど、拠り所がなくなってしまうのも嫌なのだ。

 ふと気づいたことがある。背に腹はかえられぬ、というのはこういう時に使うのか、と。


「安心しな。もし何か起こっても守ってやるからさ」


 片方の口角を上げるイチさん。その笑みには、自信が多く含まれていた。


「分かりました」


 僕は首を縦に振った。


 それに正直、まだ二人のことを信じきったわけじゃない。

 ただ、これまでの話が全て嘘であったとしても、この騒動を解決に導く一つの手がかりになるかもしれない。もしかしたら、化けの皮を剥がして、これ以上の被害を増やすことなく終わらせられるかもしれない。


 彼らの真意が何にしろ、様子を伺うことも兼ねて、ひとまずは手を組むのが得策そうだ。

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