(2)

木偶でくではだめなんだろ?」

「竜に小細工は効かぬ。そして、生贄の心を操るような魔術は私の禁忌タブーに抵触する」

「どうするんだい?」


 それは、私にとっての最難題。ガタレの竜の依頼ゆえ、私に断るという選択肢がない。ソノーの親夫婦のような外道は探せばいくらでもおるが、そやつらが竜を受け入れることなぞ決してあるまい。もちろん、竜がそやつらを受け入れることもない。ううむ……。


 にっちもさっちも行かぬ私が苦悶している間、アラウスカは現実的な解を探っておったんじゃろう。


「なあ、ゾデイ。男と女、どっちがましなんだい?」

「男はだめじゃ。竜とまぐわった時に全ての精を吸い取られ、その場で果てるじゃろう」

「女は?」

「精を受ける側になる。瘴気は護身の魔術で軽減出来るが、竜精を受けて身ごもった後で竜と身を替えねばならぬ」

「男に……なっちまうんかい」

「そう。生き残れたとしても、その後が破滅じゃ」


 何度か首を横に振ったアラウスカが、再度私に尋ねた。


「ゾディ。竜は男、女、どっちなんだい?」

「両性じゃ。私と変わらぬ」

「はっはっは! あんたたちは、ほんとに変わってるねえ」

「まあな。我々はそれで済むが……」

「なんとかなるよ。あたしに任せてくれ」

「!! 大丈夫か?」

「ああ。志願者を連れてくる。心当たりがあるんだ」


 藁にもすがる気持ちというのは、このことじゃろう。


「済まぬな」

「いや、大勢の民の暮らしと生命に関わるからね」

「ああ!」


 正直、気は進まなかった。いかな事情があるとはいえ、志願者に命を懸けさせ、不利益を押し付けることになるからの。


◇ ◇ ◇


 数日後。アラウスカが、一人の娘を伴って屋敷に戻ってきた。


「ゾディ。志願者だよ。年は二十歳はたち。処女」


 無言のまま俯いている娘に、改めて意思を確認する。


「貴女の名は?」

「クレア。クレア・ミノスと申します」

「アラウスカから説明は?」

「全て伺いました」

「良いのですか? 私は決して無理強いしたくないのじゃ」

「構いません」

「貴女の命を懸けることになりまする。本当に良いのですか?」

「ええ」


 ううむ。私には、その娘が投げやりになっているようには見えなかった。


「何かゆえがあるのでしょう?」

「それは……竜にまみえる時に話しとうございます」

相解あいわかった」


 気は進まぬが、今はこの娘を頼るしかすべがない。急ぎホークに山頂まで運んでもらうことにする。まだくすぶり渡っているメルカド山の裾野を見下ろしながら、私は何度も溜息を漏らした。


 竜の巣の直近に降り立ち、訪問を告げる。


「竜よ。待たせて済まぬ」

「おお!」


 待ちわびたというように、竜ががばりと頭をもたげた。


「その娘じゃな」

「クレアという。それでな」

「うむ」

「この娘からの頼みが一つある。此度の志願にはよしがあるゆえ、それを奏上したいとのことじゃ」

「聞こう。それは儂にとっても重要なことじゃ」

「済まぬ」


 私はクレアの発言を促した。


「ゾディアスさまから、竜の花嫁になれば男に変われると伺いました」

「うむ」

「わたしは親と生き別れております。親を探したいのですが、女の身ではどうしても無理なのです。身寄りがないわたしは婢女はしためとして使われており、女のままではそこを辞す理由が立ちません」


 なるほど。それで……か。

 クレアをじっと見下ろしていた竜は、静かに尋ねた。


「じゃが、お主が男になれば、親にはお主だと分からぬのではないのか?」

「はい。もし親が幸せに暮らしているのならば、その暮らしをかき乱したくありません」


 ぐんと首を振った竜が、目を細めた。


「合格じゃ。それならば、お主が男の身になったあとで能うる限り加護しよう」

「ありがとうございます」


 竜は赤銅しゃくどうの甲冑を身に付けた騎士の姿に変わり、私が婚儀の白衣装を着せたクレアの手を取った。


「短い契りじゃ。済まぬな」

「いいえ」


 クレアはわずかに微笑んだ。


「身を捨てなければ得られない機会があるのでしょう。わたしはこうしてその機会を得られた。それだけで幸せでございます」


 頷いた騎士が、私に向き直った。


「ゾディアス」

「うむ」

「報酬はいかがする?」


 私は、苦笑いせずにはおられなかった。


「竜よ。これまでテオやジョシュア、レクトを真摯に鍛えてもろうておる。私の方が報酬ばかりを先受けし、何もそれに応えておらぬ。此度のこととて、クレアばかりに負担をかけることになってしもうた。私が魔術で解決出来たわけではないゆえ、偉そうに何か寄越せなどと言えるものか。負債ばかり膨らむわ」

「はあっはっはっはあ!」


 気持ち良さそうに高笑いした騎士が、隣にいたクレアの肩を抱いて引き寄せた。


「お主も窮屈なやつよの」

「まあな。それが私じゃ。致し方ない」


◇ ◇ ◇


 数日後に竜からの召喚状が届き、メルカド山のいただきまでクレアを迎えにいった。クレアは、あの時の竜騎士の姿になっていた。巣にうずくまっていた竜に拝礼した私は、クレアを伴ってすぐに屋敷に戻った。


「クレアどの」

「はい」

「貴女はすぐにでも旅立ちたいでしょうが、側と中身のずれをしっかり正さぬとどこにも居つけませぬ。しばらくは屋敷で練習をされますよう」

「なんの……でしょう?」

「男として振る舞う練習じゃ」

「あ……」


 なりは凛々しい騎士の姿なのに、足は内股、歩きはしずしず、言葉は女言葉、所作はたおやか。荒々しさのかけらも見えぬ。さすがにこれでは……な。


「貴女はまだまだ女。なりに合った男の魂に火を点け、その火勢を強くせぬと先々保ちませぬぞ」

「……はい」



【第二十九話 火勢 了】


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