(2)
その日の午後。幼子を抱いた母親が、プレナというメイくらいの年の娘を伴って屋敷に来た。プレナはメイの友達らしく、メイから私の話を聞きつけ藁にもすがる気持ちで屋敷を訪ねてきたらしい。つまり依頼人は母親ではなく、プレナ……か。
「どのような依頼かな?」
「お願いです。魔術を使って、あたしにあと一年くれませんか?」
それですぐに事情が分かった。子沢山の母親は、もうスカラには行かずに家の仕事を手伝ってくれと娘に迫ったのだろう。じゃが、娘には大勢の友達がいて、楽しく過ごせるスカラでの時間を今失いたくない。せめて初等科を修了するまでのあと一年……。
メイの話じゃと、プレナは長女で家事をとてもよく手伝うそうじゃ。母親も優しい性格で、娘のスカラ通いをむしろ後押ししていたらしい。その母親が限界を宣言したのじゃ。事態は深刻じゃな。
ううむ。娘の気持ちを汲んでこれまでスカラに通うことを認めていた母親の辛抱や苦労もよく分かる。じゃが、多くの子が修了までは学べるスカラを今離脱したくない娘の気持ちもよく分かる。母親が鬼畜であるとか、娘が我がままであるとかならば、どちらかの言い分を通せばいいが……これは難しいのう。
「時間を戻す、一年を足す、どちらも魔術で出来なくはないがの。そうすると、一年後にまたお主がここに来て、同じ依頼を繰り返してしまう。永遠に終わらんのじゃ」
「うう……」
プレナの落胆ぶりは見ていられぬほどであった。珍しく、メイから強い非難を含んだ視線を送られたが、こればかりはどうにもならぬ。
「そうじゃな。少しばかり猶予をくれぬか。時間をいじる他に何か策がないかを、ちと考えるゆえな」
「わ!」
私が断らなかったことに一縷の望みを託したのであろう。プレナが、米つきばったのようにぺこぺことお辞儀を繰り返した。
「お願いします! どうかお願いします!」
プレナとは対照的に、母親は何度か大きな溜息を漏らして私から顔を背けた。
母娘が帰ったあと、切羽詰まった顔でアラウスカとメイが詰め寄ってきた。
「ちょっと! どうするんだい?」
「案ずるな。策がある」
「ほう」
「時間をいじらずとも、いじれるところが他にあるじゃろうが」
「はて?」
アラウスカが、何度も首をひねりながら執務室を出た。黙りこくっていたメイの頭に手を置く。
「これは、プレナだけの話ではない。お主にも同じことが起こるゆえ、今のうちからよく考えておくようにな」
「?」
◇ ◇ ◇
数日後。改めてプレナとその母親を屋敷に呼んだ。
「いろいろ考えてみたのじゃが、時間をいじるのはどうしても無理じゃ。それで、違う方法を考えてみた。二人とも、よく聞いてくれ」
「はい!」
プレナは、悲壮な表情で私を見つめている。母親は、すでに半ば諦め顔。あと一年は辛抱しないとだめだと腹を括ったんじゃろう。
「プレナ。お主にではなく、お主の母にちと変わった薬を授けるゆえ、それをスカラで宣伝してくれい」
「え? 変わったもの、ですか?」
「そう。それを飲めば、乳の出ぬ女でも乳が出るようになるのじゃ」
がたん! それまで気だるそうにしていた母親が俄然身を乗り出した。
「本当ですかっ?」
「そうじゃ。お主らの生活は厳しいゆえ、すぐに乳の出が止まってしまうじゃろう?」
「そうなんです。わたしも悩まされておりますゆえ、そんな秘薬があるならぜひ!」
「もちろんお主自身が用いてもよいのじゃが、使役との交換で近隣の女たちに施してくれぬか? プレナの果たすべき使役が軽くなるゆえ、一年ならばスカラに通えるであろう。ただし!」
きつい声で警告を発する。
「その薬は、本当にぴったり一年しか保たんのじゃ。お主が母に約した通り、初等科を終えたあとは、しっかり母を手伝ってくれい」
しばらく黙っていたプレナは、顔を上げて大きく頷いた。
「はい!」
今度は、プレナの母に理解を求める。
「貴女が娘の将来のことを考え、己の辛さを耐え忍んだこと。それは娘がしっかり見ておるゆえ、きっと娘の将来に活かされるでありましょう」
「は……い」
「先々に、少しずつ陽光を足していかれよ。いきなり全てを明るくすることは出来ませぬゆえ」
「そうでございますね」
ふうっと小さな吐息を漏らし、それでも母親はぐいっと胸を張った。
「お気遣いありがとうございます。して、報酬はいかがいたしましょう?」
「ああ、お主ではなく娘プレナの依頼でありますゆえ、プレナに払わせまする」
「どのような?」
心配なのであろう。母親の声がくぐもった。
「はっはっは! プレナも先々、誰かの嫁に、そして母になりましょう」
「ええ」
「プレナの子には、プレナが受けたよりもよき教育を。それが私の求める報酬じゃ」
母親が、それを聞いてにっこり笑った。
「そうですね。わたしも出来る限りその後押しをいたしましょう」
「うむ」
私はプレナに向き直った。
「のう、プレナ」
「はい」
「必ずしも、誰もがお主によくしてくれるとは限らぬのだ。それが、たとえ実の親であってもな」
私は、メイに目を遣った。メイが悲しそうに目を伏せた。
「陽光の中にあれば、その暖かさが分からぬ。陽光があるのを当たり前だと思わぬようにな」
「……はい」
「日差しが乏しくて寒ければ、耐えるか日差しのあるところに動かねばなるまい?」
「うん」
「母のように耐えるばかりではなく、お主は陽光を探す努力をしてくれい。それは必ずお主の子らに伝わるはずじゃからの」
【第二十五話 陽光 了】
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