(2)

 ソノーではなく私が直々に会うというしらせを受けて、双子がそれぞれ屋敷に駆けつけた。


「兄者! なぜここへ?」

「おまえこそ!」


 まさか私の屋敷で鉢合わせすることになるとは思わなかったらしい。兄弟は大いに慌てふためいた。私は二人から改めて請願書を受け取り、その中身を見ずに依頼を請けた。


「はははははっ! 見るまでもない。お主らのどちらかに徴兵の通知が来た時、もう一方が魔術で身体を入れ換えよという請願を私に持ち込むゆえ、それは必ず拒否して欲しい。そういうことじゃろう?」


 揃って肩を落とした兄弟が、ひどく意気消沈した。


「案じなくともよい。お主ら、いや、お主らの住まうところから唯一人の徴兵者も出ぬようにするゆえな」

「ゾディさま! そんなことが可能なのですか?」

容易たやすきこと。王も含め、誰一人傷付けることなく王令を撤回させることが出来る」


 兄弟が、信じられないというように顔を見合わせる。


「ガタレの竜は代替わりした。まだ若い竜は、最初の抱卵で恐ろしく気が立っておる。そいつを怒らせると王国が滅びる」


 ぞっとしたんじゃろう。二人の顔から血の気が引いた。


「そして。王がいくら愚かだとは言え、王単騎で竜に挑もうなどとは絶対に考えまい。それだけじゃ」


 すっと頷いたテオが、にっこり笑った。


「さすが、ゾディどの。恐れ入りました」

「はははっ! 契約にするまでもない。じゃがな」

「はい」


 私は、兄弟に報酬を求めることにした。


「お主らの真の依頼、徴兵回避の要請は請けるゆえ、報酬を支払って欲しい」

「いかほどになりましょう?」

「今、私の屋敷には身寄りのない二人の娘がおる。二人ともまだ幼い」

「はい」

「その娘が独り立ちできる年になった時に、お主らの村で受け入れて欲しいのじゃ」

「ははあっ! 必ずや!」

「お主らは契りが固い。此度のも死を賭した請願じゃ。私の頼みも必ずや果たしてくれるものと信じておる」

「我らが身命しんめいに代えてでも必ず!」

「はっはっは! 頼むぞ」

「承知しました」


 兄弟はその場で固く抱き合い、涙にくれた。


「兄者、良かったのう」

「おう、これでずっと二人で暮らせる」


 ……。ううむ。仲が良すぎるのも、ちと考えものではあるが。


◇ ◇ ◇


 徴兵の王令が出るという噂が立ったものの、実際に発令される気配は全くなかった。そのうちに噂は事実無根だったということになり、安堵した民衆は王へ向ける怒りの角を丸め、人心が落ち着いた。もちろん、請願に来ていた双子のところにも何一つ理不尽な通知が来ることはなかった。安心した二人は揃って屋敷を訪れ、何度も拝礼して帰っていった。うむ、これで一件落着じゃな。


 だが、治らないのはソノーだった。


「んもー、なにがなんだか全然分からないですぅ!」

「ははは! 済まんな。いや、大したことではない」

「ゾディさまは、どうやって王令を撤回させたんですか? あの王なら、誰が何を言っても後先考えずに王令を出すんじゃないかと」

「誰が何を言っても、か」

「え?」

「兵を出して竜を狩る。テオのように単騎で狩りに行く。竜を狩るという行為は同じじゃろ?」

「ええ」

「では、王がテオのように単騎で竜に挑めるか?」

「そんなー。あんなでぶっちょには絶対に無理でしょう」


 ううむ。シアの気性に染まってきたのか、ソノーもえらくはっきり言うようになったのう。


「わははははっ! 王は国のおさじゃが、長であれば何もかも出来るというわけではないからな」

「そうですね」

「ガタレの竜は誰にも倒せぬ。それが王でなくとも、誰にもな」

「ええ、そう思うんですけど」

「では、聞き分けのない王に竜の討伐が無理だということを理解させるためには、誰がどうすれば良い?」


 それで分かったのだろう。ソノーが何度も深く頷いた。


「そうだったんですか」

「何も難しいことはない。王の夢枕に竜が立ち、儂の怒りを鎮めるためにはお前が生贄いけにえになれ。さもなくばお前ごと国を滅ぼす。そう言えば良い」

「ひいい」


 怖がりのソノーは、想像すらしたくないんじゃろうな。ノオトで顔を隠し、ぶるぶる震えておる。


「わ、わたしがそんな夢を見たら、ショックで死んでしまいますぅ」

「いかな馬鹿王とは言え、それで解るであろう。己の愚かしさがな」

「ええ」


 私は、二通の請願書を広げて並べた。


「誰かと心が通じておれば、王の妄動はそやつによってもっと早く諌められていたはず。王に誰一人として心を許せる者がおらぬことが」

「はい」

「この国にとっての、もっとも大きな不幸じゃな」


 きいっ。小さな軋み音のあと、扉に寄りかかるようにしていたメイがひょこっと執務室に入ってきた。


「おお、メイ。シアがおらぬから寂しいじゃろう?」


 それまでほとんど言葉を発しなかったロビンが、尾を振りながら、涼やかな声で似つかわぬセリフをさえずった。


「サビシイデス。サビシイデス。サビシイデス」


 何度も繰り返される小さな嘆き。見る見る目に涙を溜めたソノーが、小さな体でメイを力一杯抱きしめた。


「ごめんね」


 それは、何に対しての謝罪か分からぬ。だが、それもまたソノーが抱えている心の傷から吹き出す叫びであった。



【第五話 双身 了】


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