6

 その日の放課後、アタシはみんなを呼びだした。

 よりにもよって一学期最後の授業日に呼び出しを喰らうなんて、みんな驚いてた。

 それもそのはず。文化祭に出られないことがわかって、アタシは目標を喪失してたと思われたから。アタシはショックを受けて、立ち直れてないって。みんなそう思ってたから。

 だけど、ある天才的発想がアタシを立ち直らせた。結局カンタンなことだったんだ。アタシたちは、アタシたちの好きなことをやるだけ。誰に邪魔されようたって関係ない。好き勝手にやって、好き勝手に帰る。それだけだ。

 アタシは、みんなを例の器具庫の前に呼び出した。みんな、「なんでこんな場所?」って顔してた。

「こんなとこ呼び出してどうするつもりだよ。明後日からは夏休みなんだぜ」

 真哉は休みが楽しみで仕方ないらしい。アタシだってそうだ。でも、そのまえにやりたいことがアタシにはあった。

 アタシは、みんなの前で器具庫の扉を開け放った。むわっと熱い空気が漏れる。ジメジメして、カビ臭くて、最悪。でも換気すればどうにかなるはず。熱いけど、そこまでじゃない……たぶん。

「ほら、みんな中に入って」

「この中にか? ふざけんな、ただでさえ熱いのに――」

「いいから、入る!」

 アタシは真哉の腕をつかんで中へ。クリスとエレンも、しぶしぶながら後をついてきた。

 まあ、なかは案の定だけどとんでもない暑さ。まるでサウナ。立ってるだけでダラダラ汗をかいてくる。窓を開けても、気休め程度にしかならない。

「こんなとこでどうするってんだよ……ただの倉庫じゃねえか」

「そう、ただの倉庫。なんの変哲もない、ただの倉庫よ。ねえ、エレン。倉庫って英語でなんていうの?」

 アタシはパタパタと顔を仰ぎながら、自慢げにエレンに聞いた。

 エレンは準備してなかったから、アタシの言葉に反応するのに少しとまどった。

「え、えっと……ウェアハウス、ですね」

 ――あれ?

 なんか、アタシの思ってる答えと違う反応がきた。あれ、アタシが間違ってんの?

「えっとね、エレン。ほかに違う言い方とかない?」

「違う、言い方……。ストレージ、と言います」

 ――うぬ、これも違うぞ……。

 アタシはちょっと恥ずかしくなってきた。なんか自分の英語力のなさを見せつけてるみたいで。

 あんまり話がかみ合わないもんだから、真哉がついに遊び始めた。倉庫にぶち込んである平均台の上にのって、右へ左へ行ったり来たり。かたやクリスはのぼせ始めてるのか、目がボーッとしてる。なんかまずいことになってきた。

「え、ええと……南さん、もしかして……ガレージ、ですか」

「そう、そう! それよ!」

 やっと出た! 合ってるじゃないの!

 アタシは急にほこらしくなって、このクッソ熱くてカビ臭い倉庫ガレージの中で仁王立ち。どうよ、って感じ。

 でも、相変わらずクリスも真哉もぽかんとしたまんまだった。

「だから、その倉庫がなんだってんだよ」って真哉。

「わかんないの? ガレージロックよ」

「……は?」

 呆然。真哉の体がバランスを崩して、平均台から落ちる。まぬけな声とともに。

「文化祭のとき、ここでライブをするの。学校の許可もいらない、ゲリラライブを……ガレージロックをするの」


 アタシの考えはこう。

 この器具庫にギターとアンプ、ドラムを持ち込んでライブをする。学校の許可は必要なし、完全なゲリラライブ。さすがにそれは怒られるんじゃないかって思うけど、でも、文化祭の当日はお祭り騒ぎ。こんなへんぴなとこにある倉庫なんて誰も気にしない……はず。

 それに、対策も考えてある。シンプルかつ、完璧な対策だ。

 つまり、こういうこと。アタシたちのゲリラライブと、軽音部の体育館でのライブを同じ時間にはじめるの。そうすれば、アイツらが体育館で演奏しているのが、いい感じにアタシたちの爆音を聞こえなくさせてくれるはず。アタシたちのライブは、このガレージで完結する。完璧でしょ? だから、万が一にも先生が音に気づいて、怒鳴りにくるなんてことはない……はず。

 もちろん、客がこないとライブにならないってのもわかってる。だからそれも、ゲリラ的にやるつもり。掲示板に無許可でポスター貼ったりとか。もちろん見つかりにくいけど、生徒には見やすい場所に……そんな場所あるかな……?

 ともかく、これがアタシのプラン。ライブができないなら、自分たちでやればいいんだ。会場から、なにから、ぜんぶ。


 そう、アタシにはこの器具庫がライブ会場に見えていたのだ。このむし暑い、カビ臭い、ただの倉庫が。

 アタシがその考えを話すと、みんなしばらく黙ってた。呆然と、アタシの顔を見てた。アタシが言い出したことを噛みしめるみたいに、黙ってた。

 まっさきに口を開いたのは、やっぱり真哉だった。

「……おもしれえじゃん。ゲリラライブ。そうだよ、そうこなくっちゃおもしろくねえ。オレたちはもともと、無許可で練習してたんだ。ライブだって、勝手にやってやろうぜ」

「でしょ? 楽器やアンプは各自でここに持ち込むの。この広さなら、アタシのミニアンプでもきっと大丈夫だろうし」

「ドラムも、オレの電子ドラムで何とかなる。できるぜ、ライブ。ここでさ」

 真哉の顔つきは急に明るくなった。昨日の同情してるときとは大違い。コイツは、やっぱりこうでなくっちゃ。バカみたいなこと言って、汚い言葉口にしながら、アホヅラしてるほうがよっぽどイケてるって。

「で、でもさ……」

 と、興奮するアタシと真哉に口をはさんだのは、クリスだった。

「楽器、持ち込むとして。……ここ、あついし。お客さん、来るかな……。それに、マイクとかどうするの……?」

 クリスはのぼせ気味の顔で、ゆらゆらと指を動かしながら聞いた。

 アタシはちょっと反論したい気持ちになったけど、でもクリスが言うことももっともだった。こんな熱いんじゃ、楽器がダメになっちゃいそう。いまだって窓開けてるけど、ちっとも涼しくならない。それにこんなカビ臭い場所、仮に観客が来たとして何十分も耐えられるわけ? ライブが終わるまで我慢できそう?

 答えはノーだ。でも、これ以上に完璧な場所あるの?

「窓開けて、それから扇風機かけたりして、なんとか換気しよう。文化祭は九月だし、それまでには涼しくなってる……と思うし」

「だといいけど……」

 そこはアタシもこれ以上反論できない。だって、その通りなんだもん。場所は最高。でも、環境は最悪。それが倉庫ってもん。

「あの……」と、今度はエレンが手を挙げた。「マイクのことは……」

「ああ、それも忘れてた」

 さすがにボーカルは、そこが気になるよね。

 実はギターのことしか考えてなくて、マイクのこと何も考えてなかったんだけどさ。

「えっと……音楽室からとってきますか、マイク?」

「それはどうだろう。仮にとってきたとして、ここで使えるかな? コンセントはあるだろうけど。でも、スピーカーとか、そういうは運べないし」

「では、どうしますか?」

「どうしよう」

 やばい、何も考えてなかった。

 アタシは熱さにやられた頭を何とか叩き起こした。オーバーヒートしてる場合じゃないぞ、アタシ!

 とにかく、何かないかと思って倉庫の中を見回した。でも、あるものといえば体育の用具ばっかし。平均台とか、ハードルとか。ホコリをかぶったマット。しぼみかけの大玉。土のにおいのする綱。あと朝礼で使うデッカい台とか。

 ――ん? 台?

 そのとき、アタシの中で何かがつながりかけた。

 アタシはすぐさま台に駆け寄った。平均台に座ってる真哉をどけて、その奥へ。土臭い綱をまたいで、台の下をのぞき込んだ。

「あった!」

 お目当てのものは、ちゃんとそこにあった。

 グレーの四角いモノ。正面にスピーカーがついていて、上にボリュームのつまみ。そして横に無線機みたいなマイクがついてた。校長とかが朝礼で使うスピーカー付きのマイクだ。

 アタシはホコリを払ってから、そいつを引きずり出した。ちょうどいいモノがあるじゃない。やっぱり、運命だ。

「これ、使おう。これで音量全開にして、ライブするの。どう?」

 みんな、アタシを見てた。

 黙ってうなずいてた。ゲリラライブ、やるって言ってるみたい。

 そうこなくっちゃ。それでこそ、野良子猫ストレイ・キトゥンズってもんでしょ。

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