第二章 ”アイ・ウォナ・ビー・アドアード”
1
目を覚ましたとき、もう時刻はとっくに十時を回ってた。
金曜日、午前十時。とっくに学校は始まってる。でも、オレはのんきにもベッドの上で体を横たえていた。目覚まし時計代わりの携帯電話がいつまでもストーン・ローゼズを流してる。やかましいスヌーズ機能が二時間経ってもオレを学校へ行かせたがってた。
でも、残念ながらオレはアラームを切ってからも、着替えもせずにベッドの上を転がるだけだった。学校に行くつもりなんて、毛頭ないからな。
オレは――森真哉は、再び布団をかぶって顔を枕に突っ伏した。ゴールデンウィークが明けてからというものの、オレはずっとこうだ。学校になんて行く気がしねえ。
オレが学校に行かなくなったのは、ここ二、三週間のことだ。べつに大した理由はない。ただ行きたくないだけだ。
まあ、強いて原因をあげるとするなら、あの体育教師――ファッキン生徒指導のファッキン谷本のせいだろう。
あの先公は、二枚舌で一貫性のない、そのくせ自分のことを棚に上げて他人に当たり散らすファック野郎だ。この森真哉サマが保証するんだから、間違いない。ある意味で、オレはアイツと顔を合わせたくないから学校に行ってないと言ってもいい。
アレは授業中のことだった。五時間目の体育だ。メシのあとにバトン持って走り回るなんて、オレはまっぴらごめんだった。だから校庭のすみで土いじりなんかしてたんだが、それを見たヤツは「やる気のないヤツは授業に必要ない。帰れ!」と言ったんだ。
だからオレは、お望み通り帰ってやったのさ。評定なんか気にしちゃいねえ。オレの成績はもとより最低だ。それに多少の減点が入ったとこで屁でもないさ。だからやっこさんのお望み通り帰ってやったってワケさ。それに、帰りの学活で長ったらしいお説教食らうのも面倒だったしな。
だが谷本のクソ野郎は、翌日お袋を呼びつけて生徒指導室まで連れ込んで来やがった。そして校内放送で大々的にオレを呼びだして、お袋との三者面談を始めたんだ。オレの放課後は、すっかり説教の時間に変わっちまった。
そうしたらアイツは、お袋に向かって言ったんだ。
「お子さんは授業への態度が非常に悪い。授業中、私の言うことを聞かずに勝手に出て行ったんです」
ヤツはそうのたまいやがった。
もちろんオレはすぐに反論した。
「オレの態度は確かに悪かったかもしれないが、一つアンタは訂正しなくちゃならない。オレは、アンタが帰れって言ったから帰ったんだ」って。
でもやっこさんは、
「あれは言葉のあやだ」
なんてクソ垂れやがった。
それからだよ。オレはアイツと顔を合わせたくなくなった。
もちろん担任にも相談したとも。あのクソ教師は、オレを目の敵にしたいだけで、不公平な態度を取るファック野郎だってな。どうにかしてくれって頼んだ。
でも担任はまだ新任の教師で、先生成り立て一年目の女だった。三十年も体育教師というクソを積み上げてきたファックオヤジに頭が上がるはずもねえ。だからヤツは担任まで丸め込んで、オレを目の敵にしやがった。オレが少しでも反抗的な態度をとれば、すぐに校長に連絡がいって、お袋を呼び出すようにしたんだよ。
オレは、結局それがイヤで学校に行っていない。学校に行ったら、何をしようがお袋に迷惑をかける。あんな学校にいるのはまっぴらだ。もとよりキライな学校だったが、もっとキライになった。あそこはロックンロールの衰退だけじゃなくて、人間社会の腐敗まで象徴してやがる。クソッタレなゴミだめだよ。
――思い出したら、なおさらムカムカしてきた。
オレは胸にこみ上げるムカツキを押さえるため、とりあえずベッドから這い出た。何か飲み物が欲しかった。
ジャージのまま居間まで来ると、机の上に朝食が放置されていた。冷め切ったトーストに、スクランブルエッグとベーコン。お袋が用意してったんだろう。机の上には、皿を重石にして置き手紙もあった。
「朝ご飯です。無理しないでいいから、学校に行ってね」
――誰がいくものか。
オレはそう思いながら、キッチンに行って箸を一ぜんとってきた。飲み物にオレンジジュースも。冷蔵庫には他に何もなかった。
冷めたトーストは、ほんのわずかにマーガリンの味がした。お袋が老婆心ながらに塗ってったに違いない。
かたいパンを噛みちぎりながら、オレはリモコン片手にテレビの電源をつけた。昼間のワイドショーをやっていた。司会の芸人が数人のコメンテーターと何かを話している。右上には、『増加する不登校児 家庭環境かイジメ問題か』などと字幕が出てた。
「くっだらねえ」
オレは吐き捨てるように言って、その吐き捨てた文を取り戻すみたいにオレンジジュースを飲み下した。
テレビ画面の向こうでは、偉ぶったコメンテーターが的外れなことを何度も繰り返していた。不登校児の原因は、クラスカーストにおける疎外。イジメ問題。教師の監督不行き届き……だとかなんとか。どれもカスってはいるが、当たっちゃいない。ホンモノの不登校が言うんだから間違いない。
メシを食い終えると、オレはイライラしたまま部屋に戻った。まったく朝からゲロをかぶったような気分だ。最悪だ。
ムカツキは、おさまるどころか増え続けていた。指先が震えて、足がビートを刻み始めている。衝動が体を支配して、今すぐにでもモノをぶっ壊したくてたまらなくなった。
――ダメだ、こらえろ。
オレはそう言い聞かせ、ベッドサイドに腰掛ける。
ときおり、オレはどうしようもない破壊衝動に襲われる。いつからこうなったかは覚えてないが、たぶん親父とお袋が離婚したときからだと思う。どこにも当てられない怒りを、モノにぶつけたくなるんだ。
でもオレだって、それがマズいってことは分かってる。破壊衝動のままに動いてりゃ、いくつ家があったって足りやしない。もし本能のまま生きていたら、今ごろオレとお袋は路上生活者だ。
だからオレは、モノに怒りをぶつける。
部屋の片隅に置かれた電子ドラム。それが、オレの怒りのはけ口だった。親父と一緒にどっかに行っちまった兄貴が、オレに唯一残していったもの。オレと違って、金のある親父についていったクソ兄貴。オレは、そいつの顔をぶん殴るようにして、ドラムを叩くんだ。
散らかった机からスティックを取り上げると、オレはドラムの前にたった。そしてイヤホンを挿すと、怒りにまかせて叩きまくった。
――兄貴はバンドも、栄光も、何もかも手に入れた。でもオレに残されたのは、クソみてえなロックの残りカスと、家族の残りカスだけだ。オレはそんなアンタが憎いんだよ。何もかもが、この社会のすべてが憎いんだ。
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