第120話 狼の狩り庭
一瞬の斬撃で3人を斬り伏せたウォルフレッドに観客席で様子を見ていた幹部達が瞠目する。
「ヒュウッ!やるねぇ」
ウォルフレッドの腕前を見たカロッソが喜々とした声を上げる。
その剣の冴えを一目見れば、ウォルフレッドの力量を知るには十分だった。
それは他の幹部達も同様だったらしく、関心したように頷く。
「よもやあれ程とは思いませんでしたね」
「ああ、大した剣の腕だ」
「あら、ベイカーちゃんが言うなら彼、相当なもんね」
確かにクロードが自ら連れて来るだけの事はある。
これだけの実力を持った者は今のファミリーの中にもそうはいない。
「あの男の腕前も気になるけんど、俺はあの男が使った得物の方が気になるわ」
「聖典騎士団の聖光刃剣に似ていますね」
「流石はリッキードの叔父貴とチャールズの叔父貴。もう気付かれましたか」
「クロード。あれはなんや?」
「あれは第八区画でリットン・ボロウを始末した際に手に入れた戦利品をブルーノ
ブルーノの作品と聞いてチャールズとリッキードの目の色が変わる。
「ほう、ブルーノ殿の作品ですか」
「それ聞いたらこの戦い、ますます目を離す訳にはいかんなったわ」
大魔術師と呼ばれる男が作った物がただの魔法剣であるはずがない。
一体どんな力を発揮するのかと期待に満ちた顔をする2人。
その隣でシェザンが憮然とした顔で悪態をつく。
「フンッ!いくら武器と腕が良くても、それだけで乗り越えられる程この死連闘の儀というのも甘くはない」
シェザンの言う通り、如何に卓越した技術を持っていようともそれだけでこの死連闘の儀は攻略できない。
いかに強くとも戦い続けていれば人は消耗し、疲弊する。
どれだけ効率よく動こうともそれは避けられない。
相手が500人ともなればその蓄積も相当なものとなるだろう。
「最後まで保つか怪しい所だな」
「確かに今までのパターンだと最初は調子よくても後半でガス欠してそのままあの世行きはよくあるパターンだけど、その辺どうなのクロードちゃん?」
少し心配する様な顔を向けるリゲイラにクロードは不敵な笑みで返す。
「ご心配なく、最後まで皆さんを飽きさせはしませんよ」
そう答えたクロードの視線の先、ウォルフレッドを取り囲んだ男達が動き出す。
「野郎。舐めた真似をしくさりやがって!」
「ビビるな!相手はたかが1人。一斉に掛かれば潰せる!」
「どの道こっちはもう後がねえんだ。死ぬ気で掛かれ!」
『オオオオオオォオオオオオオッ!』
群れの中の誰かが発した号令に背中を押され、男達はウォルフレッドに向かって一斉に飛び出していく。
四方から迫りくる敵の群れを前に、ウォルフレッドは動揺する事無く手にした剣を構えなおす。
「全力で参られよ。こちらも主命に従い、この場の全員の命を貰い受ける」
誰にともなくそう呟くと、ウォルフレッドは正面の敵勢力に対して狙いを定める。
直後、姿勢を低くして走り出し、正面の敵勢力に向かって飛び込む。
「こっちに来やがった!」
「構わねえ!返り討ちだ!」
自分達に向かって突貫してくるウォルフレッドに先頭を走っていた2人が持っていた棍棒を大きく振り上げる。
だが、その棍棒が下を向くよりも早く2人の目の前からウォルフレッドの姿が忽然と消える。
「へ?」
「あれっ?」
ウォルフレッドが目の前から消えた事に驚くのも束の間、脇腹に焼きゴテを当てられたような激痛が走る。
激痛に顔を歪ませながら視線を下げると、自らの腹部が大きく口を開けて血を垂れ流しているのが目に映る。
「ア・・・・ガッ・・・・」
「これで5人」
背後から聞こえたその声に、2人は振り返る事も出来ずにその場へと崩れ落ちる。
事切れた2人を背に、ウォルフレッドは更に前へと進む。
後続で剣を構えていた3人が行動に動き出すよりも早く、ウォルフレッドの剣が男達の頭の高さを横一線に走り抜けて首を宙へと飛ばす。
飛んだ3つの頭が驚きの表情で自分の体を見下ろす中、その死体の腹を蹴って後ろにいる敵にぶつける。
「クソッ」
死体を受け止めた後続が一瞬足を止めた隙に、間合いを詰めたウォルフレッドの刃が死体の背中から後続の体を刺し貫く。
「グゥッ、ガァアアアアアア!」
貫かれた男が最後の悪あがきとウォルフレッドに向かって右手を伸ばすが、その手が届くよりも早くウォルフレッドが突き刺した刃を斜め上に向かって斬り上げる。
腹から右肩まで斬り裂かれた男の腕は力なくダラリと垂れさがり、男は虚空を見詰めたままその場に膝をついて絶命する。
「こんなものか」
事切れた敵の死体を無感情に見下ろすウォルフレッド。
その無防備な背中目掛けて槍を構えた鬼人族の男が突っ込んでくる。
「とったぁあああああ!」
叫び声と共に繰り出される鋭い突き。
その一撃を引き入れる様にその場で回転し、槍の先を体の外側へといなしながら相手の方へと振り返る。
「奇襲で声を上げてどうする?」
「っ!?」
ボビンで糸を巻き取る様に相手を引き入れたウォルフレッドは、巻き込む回転の流れに乗せてそのまま鬼人の首筋を刃で撫で斬る。
後ろへ通り過ぎた鬼人は、半分首がもげた状態でフラフラと歩いてから、まるで糸が切れた人形の様にパタリと倒れる。
「邪魔だ!どけぇえええ!」
「ヤツは俺達がやる!」
ウォルフレッドへと押し寄せる他の者を押しのけ、牡牛の頭を持つ亜人2人が集団の中から飛び出す。
2人の亜人は両手に持った斧を振り回しながらウォルフレッドへと迫る。
「ハハハハハッ!この嵐の如く吹き荒れる斧の刃の前では貴様など紙屑同然!」
「もう逃げ場はねえぞ!」
大声を上げながら近づいてくる2人にウォルフレッドは冷めた視線を向ける。
「その様な児戯、容易く破って御覧に入れましょう」
ボソリとそう呟くと、手に持った十字架の下部分を両手で握り、中腰に構える。
「武形変化、
小さく呟いた直後、十字架の下部分がロッド状に長く伸び、先端に突き出した十字架の上部分は三方向に向かって光の刃を形成する。
十文字槍へと姿を変えた十字架を握り締めたウォルフレッドは、2つの斧が作り出す嵐の中へとその矛先を迷いなく突きいれる。
渾身の一刺しは、斧撃の間隙を縫って亜人の胸を正確に射貫く。
「ゴホッ!馬鹿な!」
「嵐と嘯くには些か物足りのうございましたね」
「ぐぅっ・・・・無念」
牛の亜人は両手から斧を取り落とすと口から血を吹き、バタリと倒れる。
その光景を目前で見ていたもう1人の亜人が絶叫する。
「おのれぇえええ!よくも弟を!」
怒りに任せて突っ込んでくるもう1人の牛の亜人。
力が入って大振りになった攻撃を後ろへ軽く跳んで躱すと、振り抜いてガラ空きになった顎先を石突で真下から打ち上げる。
「ぶあっ!」
衝撃が一気に脳天まで駆け上がり、巨体を支えていた膝から一気に力が抜ける。
無防備にその場に膝をついた亜人を前にしたウォルフレッドは、その胸板を踏み付けにすると持っていた槍を肩の上に乗せ、左右に伸びた刃の片側を首筋に引っ掻けてそのまま引き斬る。
首筋から血を吹き出し、力なく倒れる牛の亜人。
その死体を足下に転がし、ウォルフレッドは肩越しに後ろを振り返ると仮面に隠れていない口元に余裕の笑みを浮かべて見せる。
「おや、これでもうおしまいですかな?」
集められた者の中でも屈強を誇った亜人さえ容易く屠って見せたウォルフレッドに、周囲を囲んでいた者達の間に動揺が広がる。
「怯むな!呑まれたら終わりだぞ」
「ヤツに考える隙を与えるな!一気呵成に攻め立てろ!」
牛の亜人兄弟を打倒され、士気の低下する犯罪者達を先導する。
指揮能力の高い数人が知力に乏しい者達を操り再び突っ込ませる。
「だっりゃああああ!」
「タマ取ったるわぁああああ!」
勢いを取り戻し襲い掛かってくる者達を前に、槍を片手に迎え撃つ。
間合いに飛び込む敵を斬り、薙ぎ、引き裂き、砕く。
圧倒的な数の暴力を物ともせず、屍の山を築き上げていくウォルフレッド。
血と死が乱れ飛ぶその光景に観客席から感嘆の声が漏れる。
「凄まじい槍捌きだな」
「シェザンも負けてられないな」
「フンッ、あの程度の技など私の槍と比べる価値もない」
そう言いながらもシェザンの視線はその槍の動きをずっと追い続けている。
「技前もさることながら、あの変わった形状の槍は一体なんや?」
「あれは十文字槍という辺境の国に伝わる槍の一種。この武器は突かば槍 薙げば薙刀 引かば鎌と称される三種の攻撃方法を兼ね備えた槍です」
「なるほど。あの槍へ形態変化するのがあの武器の特性か」
「いいえ、あの武器の真価はまだこれからですよ」
そう言ったクロードはウォルフレッドの方を指差す。
そこではウォルフレッドの武力の前に、敵の指揮はみるみる内に低下していた。
「クソッ!駄目だ」
「どうなってやがんだ畜生!」
槍の切っ先の届く範囲は全て死の間合いは鉄壁で、間合いを崩すどころか踏み込む事さえままならない。
及び腰になり手が出せないでいる前衛に後方から指揮の声が飛ぶ。
「一旦距離を取って弓と魔法で遠距離から攻めろ!」
「前衛はヤツを足止めして近づけさせるな!」
怒号が飛び交う中、遠距離攻撃が可能な者が後衛に下がる。
離れた位置からの攻撃方法を持たぬ者は渋々前衛に残る。
敵の陣形が大きく変わりゆく様を見てその思惑を悟りながらも、ウォルフレッドは敢えてその場で足を止めてそれを敢えて見過ごす。
「あの野郎、余裕ぶっこいてやがるぜ」
「何、すぐに後悔させてやる」
陣形が整ったのを期に、指揮担当から全体に向かって攻撃の号令が飛ぶ。
「今だ!放て!」
号令に従って魔法と矢がウォルフレッド目掛けて一斉に放たれる。
その全て集めれば大魔法にさえ匹敵するだけの破壊力。
如何にウォルフレッドといえど直撃すれば一溜りもないだろう。
「だが、それも避ければ関係ない」
ウォルフレッドは手に持った槍を軽く持ち上げると、石突で思い切り地面を突いて己の体を上空へと押し上げる。
真上に向かって天高く飛び上がると同時、空中で手に持った廻天十字刃の槍形態を解除して左手に持ち変える。
「武形変化、
手の中で十字架の左右が弧を描くように伸び、光の弦が両端を結ぶ。
光の弦を右手で力いっぱいに引き絞ると、真下にいる敵勢に狙いを定める。
「降り注げ、
紡がれた言葉が指先で矢となり放たれた時、死を告げる雨が愚者の頭上へ降り注ぐ。
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