第116話 紛糾する幹部会 4
テーブルの上に並べた票から視線を上げて前を向いたダリオは、居並ぶ幹部達の前でその結果を宣言する。
「投票の結果はクロード・ビルモント4票、レッガ・チェダーソン4票。つまり同数にて引き分けだ。最初の投票では決着はつかずの様だな」
「・・・同数だと」
告げられた結果にアシモフが腑に落ちないといった様子で顔をしかめる。
それは隣に座っているシェザンも同じだったらしく不可解そうに眉間に皺を寄せている。
2人がその様に思うのも無理ない事。
何せ投票前の時点で既にレッガにはアシモフ、シェザン、そしてカロッソの3人の票が入る事が決まっていた。
つまりこの場の3分の1の票を最初から握っていた事になる。
しかもカロッソは首領の息子であり、次期首領候補の筆頭。
当然ながら他の者よりもその発言の齎す影響力は強い。
揃えた条件を考えればレッガの過去の失態分を差し引いても十分にお釣りが来る。
そこまで優位なアドバンテージがあったにも関わらず、蓋を開けてみれば1票しか取り込む事が出来なかった。
この結果はアシモフにとって想定外であり、そう簡単には受け入れる事の出来ない結果であった。
「本当に、この結果に間違いはないのか」
「疑うのならば己の目で確かめてみるがいい」
疑念を拭い去れないアシモフの前でダリオは自分の前に並んだ票の一枚に人差し指を乗せる。
ダリオの言葉にアシモフは僅かに逡巡する。
己の目で見てしまえば、その結果から目を逸らすことは出来ない。
だが、それは何もしなかったところで同じ事。
アシモフは意を決して席から立ち上がるとダリオの傍まで歩みより、彼の手元に並ぶ票の上に視線を落とす。
等間隔に並べられた8枚の紙は候補者の名で左右に分けられていた。
ダリオから見て左側の紙にはレッガ、そしてその名を記した幹部の名前。
レッガに票を投じたのはアシモフ、シェザン、カロッソ、そしてチャールズの4名。
対して右側に並べられたクロードの名の記された紙にはフリンジ、リゲイラ、リッキード、ベイカーの名前が記されていた。
疑いようのない事実を目の当たりにして、アシモフは小さく体を震わせ唇を噛む。
「お前達。これは一体どういうつもりだ?」
体の奥底からせり上がってくる怒りを抑え込みながら、アシモフはクロードに票を投じたフリンジ以外の3人に鋭い視線を向ける。
並の人間であれば卒倒する様な圧の篭った視線を向けられた3人は、その事を意に介するでもなく平然とした顔でその問いに答える。
「別にどうもこうも何もないわよ」
「そうやで。どっちが幹部にええと聞かれたから気に入った方を選んだだけやけん」
「・・・そういう事だ」
3人の口から出た言葉に黙って話を聞いていたシェザンが信じられないと言った表情でワナワナと拳を震わせる。
「貴様等正気か!これは次の幹部を決める重要な会だぞ!」
「そんなの言われなくても分かってるわよ」
「応とも。今日はまだ呑んどりゃせんわ」
「ぐっ、ならば何故だ。何故ソイツに付く!」
納得いかないシェザンは握った拳を強くテーブルに打ち付ける。
そんな彼を尻目にリゲイラとリッキードは顔を見合わせると、やれやれと肩を竦めて見せる。
「別に自分の見てきたものに従ったまでよ」
「なんだと?」
「アンタ達と違って私は仕事でもクロードちゃんとそれなりに付き合いがあるからその仕事ぶりも見て知ってるのぉ。彼、お金と人を動かすのはアンタ達よりも上手よ。だからクロードちゃんには幹部入りする資格は十分にあると思うわぁん」
「お前も同じかリッキード!」
「そうやな~。レッガも腕っぷしは良うて仕事も出来るからそこまで悪うはないけんど、周りへの配慮とか気遣いっちゅうんか出来とらんきな。その点、クロードは筋の通し方っちゅうんをきちっと分かっちょる」
「ぐぬっ!」
2人から返ってきた答えを聞いてシェザンは顔を朱に染めて歯ぎしりする。
「そんな下らん事で決めただと。馬鹿な!金儲けや人付き合いが得意ならマフィアではなく商人にでもなればいい。我々はマフィア『ビルモントファミリー』だ。幹部に求められる資質はお前達の言うようなものではない!」
「かもしれんけど、それはお前が決める事やないき」
「そうよん。価値観は人それぞれよ」
「この!分からん奴らめ」
意見の衝突でシェザンがリゲイラと睨み合っている一方、シェザンよりは冷静さを保っているアシモフが残る1人の男に向かって問いかける。
「お前までその小僧に付くのか。ベイカー」
「どちらがいいと問われた。だから幹部となるに足る能力と資質があると思う者を推した。それだけだ」
「クッ」
ベイカーの言葉にアシモフは少なからず動揺を覚える。
先の2人は少なからずクロードと交流があった事から、クロードの味方に付く理由についても多少は理解出来る。
だが、クロードと交流もほとんどなく、能力重視の実力主義であるベイカーまでがクロードの側に付いた事は理解できなかった。
「お前程の実力者がその小僧をそこまで評価する理由は何だ。何がそう思わせた」
アシモフの心からの純粋な問い掛けに、ベイカーはフゥと小さく息を吐く。
「話してもいいが、俺の言葉を聞いてお前は納得するのか?」
「なに?」
「・・・・俺は口下手だぞ」
2人の間に気まずい沈黙の間が流れる。
確かにベイカーは戦闘においては比類なき強さを持つが、決して弁が立つ方ではない。
むしろ人と話すのは非常に苦手で、仕事の会話は全て部下に丸投げしている程だ。
幹部会以外で人と喋る姿をほとんど見た事がない。
そんな男の説明を聞いて納得できるかと言われれば、それは無理かもしれないなと少し納得してしまう。
それに例え説明されたとしても、それを受け入れられるとも思えなかった。
「そうだったな。悪かった」
ベイカーから理由を聞き出す事を諦めたアシモフは黙って自分の席へと戻る。
自身の席まで来ると、椅子の脇に無言で立っている甥の肩を軽く叩いてアシモフは自身の椅子に腰を下ろす。
無表情を装ってはいるが、どことなくその表情は曇って見える。
何故ならアシモフにとって今の状況は出鼻を挫かれたと言わざる負えないからだ。
本来の予定ではこの投票で優位な状況を形成できると踏んでいた。
しかし、結果は思惑通りとはならなかった。
この結果に不満は多いがそれを言っても今更の話。
こうなった以上はここからなんとか形勢をもっていく他ない。
一応、事前にこういった状況も想定してカロッソと策は講じてあるが、シェザンが不要だと言って乗り気でなかった為に万全とは言い難い。
(だが、やるしかあるまい)
このままあの得体の知れない若者を組織の幹部にする訳にはいかない。
少なくともあの若者が内に隠している真を必ず暴く。
ここで彼に対立する事はそれを確かめる為に絶対に必要な行為だと信じている。
だからこそ過去の失態で幹部の座から遠退いた甥まで強引に呼び戻した。
(その真意が信じるに足るなるば良し、ならぬならどんな手を使っても潰さなくてはならない。
その真意を知るまでは絶対にここで引く事は出来ない。
自身の目的を思い返し、気持ちを落ち着かせたアシモフは頭を切り替える。
票数が並んだならここから再びどちらがより幹部に相応しいか協議して再投票となるが、正攻法では恐らく相手方を切り崩すのは難しい。
他の幹部がクロードを推した理由が利害関係による結びつきなら突き崩す術もあったが、彼らがクロードを支持した理由はクロード・ビルモントという人物そのものに対しての評価からだ。
人物に依った評価というのは短時間で覆すのは難しく、票も奪い辛い。
何か明確な失態でもあればそれを糸口にする事も出来るが、調べた限りクロードという男にそういった隙は一切見えない。
だが、今回についてはカロッソと事前に打ち合わせて手を打ってある。
突き崩す糸口がないならば作れいいのだ。
「ダリオさん。1回目は同数決着という事だから、一度仕切り直して選考の為の話し合いを始めましょうよ」
「それもそうだな」
カロッソの提案を受け入れたダリオの言葉で幹部選考の為の協議が始まる。
話し合いと言っても要は自分達の推している人物のアピール合戦。
今までどんな仕事をしてどんな成果を挙げたといった話が資料を下に展開される。
しかし、それに費やされる時間はほとんど無駄あるともいえた。
実績があっても信頼を得られないクロードと、信憑性はあっても過去に汚点のあるレッガでは中々評価が動く様な事にはならない。
「いやはや、票数が並ぶと厄介ですね」
費やされる時間に辟易したようにカロッソが緊張感のない笑みを浮かべる。
もうかれこれ1時間程話し合ったが、票が動きそうな気配はまるでない。
しかし、ここまで時間を掛けることもアシモフ達の計画の内だ。
そろそろ頃合いと見てアシモフはチラリとシェザンの方に視線で合図を送る。
視線を受け取ったシェザンはおもむろにクロードの方へ問いかける。
「そういえば若造。お前首領から受けている指令はどうした?」
「指令?何の事です」
「我々幹部相手に恍けるな。受けているだろう?"人喰い餓狼"の捕縛という密命を」
シェザンの言葉に室内の空気が緊張感を帯びる。
人喰い餓狼がこの第七区画に入り込んでいるという話、そしてその対応をクロードが行っているという話は幹部全員が知っている。
問題なのはその話を何故、シェザンが急に始めたのかという事だ。
「この第七区画の治安に関わる事だ。まさか危険人物を野放しにしたままこの場に居る訳ではあるまいな」
「・・・・・」
「何故黙る。まさか答えられんのか?」
沈黙するクロードの態度にシェザンの目の奥にギラリとした光が宿る。
わざわざ強者を標的として殺害すると噂の人喰い餓狼。
しかもただ強いだけではなくその正体すら一切不明で見つける事すら困難。
幹部会までに捕まえる事はまず不可能だという判断で、この対処をクロードに回すよう仕向けたのはカロッソの策だった。
対応に苦慮すればする程、そこを負い目として陥れる事が出来る。
万が一。幹部会までに捕まえたとしても極秘の指令である為、大手柄には出来ない。
一度市内で遭遇して戦闘したらしいという報告を聞いた時は肝を冷やしたが、以降クロード目立った動きはなく、首領の下に報告に上がったという話もアシモフ達の耳に届いていない。
気掛かりがあるとすれば郊外の工場跡地で崩落があったという話程度だが、その際近くにいた者からはクロードを見たという話は出ていない。
「言わずとも分かっているとは思うが、首領の命を全う出来ない者に幹部となる資格はないぞ」
マフィアという組織において首領の命は何よりも優先される。
その命令を軽んじる者は首領を軽んじるも同じ。
当然ながらそれを許す様な人間はこの場には1人たりともいない。
シェザンからの問いにしばらく黙り込んでいたクロードだったが、やがて観念したというように溜息を漏らす。
「その件について本日は私から皆様にお願いがあります」
クロードの態度に勝ちを確信したシェザンが勝ち誇ったように背を逸らす。
その隣で策がハマったと安堵したアシモフが椅子に背中を預ける。
「見つからないから捜索に協力しろと言うなら人を貸してやるが?」
「いえ、この1件に関してこの場で皆様に是非とも引き合わせたい者がおります」
「・・・なに?」
思っていたのと違う答えが返ってきた事にアシモフ達の思考が一瞬停止する。
相手が何を言ったか分からず問い返す様に視線を上げたアシモフの前でクロードがダリオに向かって提案する。
「ダリオの叔父貴。よろしければこの部屋に入室させてもよろしいでしょうか?」
「フッ、いいだろう。入室を許可する」
「ありがとうございます」
「っ!?」
動揺するアシモフの視界の中でクロードの手が動き、パチンッ指先を弾く。
直後、部屋の扉が大きく開かれ、何者かが扉の向こうからゆっくりと姿を表す。
やや線の細い印象の体躯にグレーのスーツを纏い、赤いネクタイをしたその者は、顔に狼の上顎から頭部までを模した特徴的な銀色の仮面を身に着けていた。
仮面の後ろからは金色の長い髪が伸び、目の部分に空いた穴からはガラス玉の様な青く美しい目が覗く。
異質さを漂わせるその姿に驚いているのも束の間、耳を疑う言葉がクロードの口から繰り出される。
「ご紹介致します。この者は遠方よりビルモントファミリーに加わりたいとはるばるやって参りました。名を『ウォルフレッド・ベルカイン』。巷での通り名は『人喰い餓狼』と呼ばれている者になります」
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