番外編 ルティアと大魔術師の邂逅 後編
長い地下工房の通路を歩いた後、数多ある部屋の一つにブルーノとルティアは入る。
その部屋は魔術の実験や魔術道具の開発に使う他の部屋とは違い、6畳程の広さの部屋の隅に小さい棚と中央に置かれたテーブルと椅子だけというシンプルなもの。
ブルーノに促されて部屋の中央へと移動したルティアは緊張した面持ちで椅子の上に腰を下ろす。
(ううっ、緊張するな~。面接なんて魔術師団入団の時以来だよ~)
先程、ほぼ採用と言われはしたが確約を抱くまで油断は禁物である。
落ち着かない様子のルティアの前にブルーノは腰を下ろすと、食器の一つもないテーブルの上を見て溜息を漏らす。
「こういった場合、私がキミの為に茶の一杯でも淹れてやるべきなのだろうな」
「いえ、そんなお気遣いなく」
「そうか、すまんね」
遠慮するルティアに微笑み返したブルーノは少しだけ自分の事について語る。
「私はどうも昔から魔術以外の事は苦手でな。恐らく子供の頃から魔術の事しか考えてこなかったからだと思うが、おかげで家事はおろか茶の一杯も満足に淹れる事が出来ない有様だ」
「そうなんですか?」
初対面の印象としてはてっきりなんでも1人で出来るしっかりとした年長者というイメージを持っていたので少し意外だった。
だが、それと同時に大魔術師と呼ばれるにはこれぐらい魔術に没頭できる人でないとなれないのだろうとも思う。
「ずっと魔術一筋なんですね」
「そうなのだ。しかも新しい道具の構想を思いついたり失われた古の術の解読を始めると我を忘れてしまってな。自分自身の事さえままならなくなる」
自嘲するようにそう告げたブルーノは、ふぅと溜息を吐く。
「おかげで世話を焼く人間がいないと普通に生活する事もままならん」
「なるほど、それで助手が必要という事ですね」
「そうだな。それが理由の全てという訳ではないが理由の一つには違いない」
「分かりました。頑張ります!」
鼻息荒く意気込んだルティアは椅子から勢いよく立ち上がる。
「それじゃあ早速ですがブルーノ様。茶葉や道具はどちらですか?」
「ん?それならそこの棚だと思うが、それがどうかしたかね」
不思議そうに尋ねるブルーノにルティアは笑顔で答える。
「お茶を入れるのは助手の務めです。ですから今から私が淹れます」
「いいのかね?」
「はい!これから助手になるんですからむしろ私に淹れさせて下さい」
これでも魔術師団にいた頃から自分の身の回りの事は自分でやってきた。
なので家事などについても一通りこなせる。
少しでもいい所を見せようと意気込む彼女の足元で、地面に寝そべっていた火竜が顔を上げる。
「そのような老いぼれの為にルティアが雑事をこなす必要はないと我は思うぞ」
「アルマは少し黙ってて」
テーブルの下から横槍を入れてくるアルマを黙らせると、ルティアは部屋に唯一置かれている木棚の前へと移動する。
棚を開けると水の入ったボトルと銅製のケトル、陶器のティーセットや食器に紅茶用の茶葉の入った缶が幾つかの保存食と一緒に収納されていた。
ルティアは水のボトルと必要な道具を取り出してから部屋の中を見渡す。
「コンロなんかはどこでしょうか?」
「ああ、そういう物はここにはない」
「えっ、じゃあどうやってお湯を沸かしたりしてるんですか?」
ルティアの疑問にブルーノの目がキラリと光る。
彼はローブの袖に手を突っ込むと一枚のハンカチを取り出してテーブルの上に広げる。
見ると白いハンカチには赤い糸で小さな丸い魔方陣が縫いこまれていた。
「なんですかそれは?」
「これは私が考案した熱操作の魔方道具だ」
「えっ、その布がですか?」
驚いた様子のルティアを見てブルーノはどこか楽しそうな顔をする。
「フフフッ、こういうのは実際に見せた方が早い」
どこか得意気な様子のブルーノはルティアから水の入ったボトルと銅製のケトルを受け取ると、ケトルをハンカチに描かれた魔方陣の中心に置いてボトルの水を灌ぐ。
そしてハンカチの隅の方に右手の人差し指を乗せる。
「熱の操作式を起動。熱レベル3に固定し術式を解放」
詠唱の後、ハンカチに描かれた魔方陣がぼんやりと赤く光り始めハンカチの上に置かれたケトルが徐々に熱を帯びる。
「これでしばらく待てば湯が沸くはずだ」
「便利ですね。これもブルーノ様の造った道具なんですか?」
「少し違うな。まだ駆け出しの頃に私が考え、知り合いの魔術師に縫ってもらった」
私は裁縫が出来ないからなとさりげに情けない一言を添えるブルーノ。
微妙に格好がつかないが、彼はそういう点で嘘をつけない人らしい。
ブルーノから説明を聞いたルティアはテーブルの上のハンカチをマジマジと眺める。
「これがあればもうコンロ要らずですね」
「そうだな。だが魔術師でないと扱いが難しいのと量産するには希少価値の高い材料が必要で費用対効果の観点から量産は難しいだろうとクロードが言っていた」
聡い弟子はこれで一儲けしようと考えた様だが、先の条件を聞いて早々に諦めた。
「それは少し残念ですね」
「まあ普及はさせられないが、それが悪い事だとは別に思わない」
「どういう事ですか?」
不思議そうに首を傾げるルティアに、ブルーノは悪戯っぽい笑みで答える。
「どんな仕事にも役割というものがある。例えば大工は家を建て、シェフは料理を作る。それと同じ様に魔術を生み出し行使するのが魔術師の役目であり存在理由。誰にでも簡単に真似する事が出来ないからこそ、その分野における専門性というは職業において強みとなる」
「なるほど」
「それにこういう普通の者に扱えない道具を扱えたりした方が魔術師らしかろう?」
「魔術師らしい・・・ですか」
言われてみると確かに普通のコンロで湯を温めるよりは、こうして不思議な道具で湯を温めている方が魔術師っぽい気がする。
「そう。"らしい"というのは人の世において非情に大切な事だ。特に我々魔術師というのは人一倍形というものにこだわる生き物だからな」
「そうですか?」
「その証拠に君も私も恰好からして魔術師らしかろう?」
ブルーノに言われてルティアは自分の服装を確認する。
フード付きの白のローブに紺色のブレザーとチェック柄のスカート。
一見すると学生のように見えなくもないが、世間一般からすると一目で精霊術師だと分かる格好をしている。
「言われてみれば確かにそうかもしれません」
「そうだろう。魔術師らしく振る舞う事まで含めて魔術師だからな」
そう言ってブルーノはハンカチの隅から指を離す。
見るとケトルの口から湯気が立ち上っている。
どうやら話をしている間に湯が沸いたらしい。
ルティアはハンカチの上の魔方陣からケトルを持ち上げると、ティーポットを置いて茶葉と湯を入れ蓋を閉じる。
それからまたしばし時間を置いてしっかりと蒸らす。
「そろそろ出来そうかね?」
「まだです。おいしく作るにはもう少し時間を掛けて蒸らす必要があります」
「飲めれば同じではないのかね?」
「いいえ、これからお世話になる相手に半端な事は出来ません。使っている茶葉もいい物でしたからおいしくいただかないと・・・」
「そういうものかね?」
「そういうものです」
ハッキリと言い切るルティアにブルーノは困惑した表情をする。
ブルーノとしてはお茶など飲めればどれも同じぐらいにしか思っていなかった。
「なんというか・・・君は少し変わっているな」
「えっ!変ですか私!」
ブルーノの指摘にルティアは狼狽えた様子で自身の顔に手をあてる。
たまに人から少しズレてると言われる事はあったが、こうして面と向かって変だと言われた事はなかったので微妙にショックだ。
「そうだな。少なくとも今まで私の世話に来ていたアルバートの所の下っ端や、かつて共に魔術を研究した者達とも違うな」
「アハハッ、流石にマフィアの方と一緒にされるのは少し困ってしまいますが・・・」
「おお、すまんな。今のは比較する対象が悪かった」
乾いた笑みを浮かべるルティアにブルーノは自分の失言を詫びる。
別にクロード達を悪く言うつもりは毛頭ないが、とはいえ彼らは世間一般に言う所の悪だ。
普通に暮らす者達と同列に扱うのは良い事ではない。
「いかんな。日頃から連中と関わっているせいか奴等がどういう存在か忘れそうになる」
「そうですね。私もこの国でクロードさん達に会うまでは、マフィアっていうのはもっと怖い人達だと思ってました」
そう言うとルティアは今日まで出会ったクロードや彼の周りの人々の事を頭の中に思い浮かべる。
クロードもロックも、バーニィやドレル。昨晩遭ったダリオはかなり怖かったがそれでも悪い人ではなさそうだった。
「今日まで会ったクロードさんの周りの人達は皆さんいい人そうでした」
「そうか。それは彼ら自身の人柄というのも当然あるだろうが、そんな彼等を受け入れ組織を作り上げた首領であるアルバート・ビルモントの功績だろう」
「アルバートさんっていうのは確かクロードさんの義理のお父さんですよね」
「そうだ。この第七区画の裏社会の頂点に君臨する男。君も私の助手していればいずれ会う事もあるだろう」
「それは少し怖いような、楽しみなような気がしますね」
複雑な表情を浮かべつつルティアはティーポットを手に取るとテーブルの上に置いた
カップに注ぐ。
赤みを帯びた液体がカップを満たし、香しい香りが室内に広がる。
カップの中の液体の色と漂う香りを確かめてルティアは小さく頷く。
「うん、上手に出来たと思います」
「そうか、なら頂こうか」
ブルーノは紅茶の注がれたカップを手に取ると口元に運び、少しだけ口を付ける。
口の中にいい香りが広がり、しっかりとした茶の味わいを舌に感じる。
今まで人生の中で自分の世話役が淹れたどの茶よりも美味しいと感じられた。
「なるほど、茶とは淹れ方一つでこうも違うものなのだな」
「お口にあいました?」
「ああ、これだけでも十分に君を私の助手に迎えたくなった」
これまで茶の事などに対して全く関心のなかったブルーノから賞賛の言葉を引き出すという偉業を為したルティアは自分のやった事の凄さを知らずに小さくガッツポーズをする。
そんなルティアの前でブルーノは椅子から立ち上がると彼女に向かって右手を差し出す。
「改めてルティア君。私の助手に来てくれるかね?」
「はい!よろしくお願いしますブルーノ様!」
「様付けはよしてくれ。そうだなクロードと同じ様に
「分かりました。では改めて、よろしくお願いしますブルーノ
元気いっぱいの挨拶と共にルティアはブルーノの両手で握り返すのだった。
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