第90話 父への報告と極秘任務

屋敷の使用人であるマリンダに案内されアルバートの書斎に通された後、前回の訪問と同じ様にアルバートに促され部屋の中央のソファに腰を下ろすクロード。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


面と向かい合ってかれこれ10分程経つが、まるで言葉を発しない2人。

前回訪れた時とは違い今回は話掛ける切っ掛けもなければ、間を取り持ってくれるフリンジもいない。

一対一で向き合うと互いにどうやって話を切り出したらよいかその糸口すら分からなくなって黙りこんでしまう不器用親子。

暇があるなら多少時間を掛けて自然に話しかけるまで待っても構わないだろうが、どちらも多忙な身の上であり、いつまでもこうして悠長に時間を費やしてはいられない。


(いかんな。親父の前だとどうもうまく言葉が出てこない)


恐らくアルバートに対して抱いている尊敬やら忠誠心やらがそうさせるのだと自覚はしているがこのままじゃいつまでも話が出来ずに貴重な時間を浪費するだけだ。

こうなったら会話すると思わず最低限の報告だけで済ませようと決めて口を開く。


「あの、親父・・・」

「なあ、クロード・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


クロードと全く同じタイミングで発せられたアルバートの声が重なる。

互いが発した声が原因で会話の出鼻を挫く格好になり、また気まずい沈黙が2人の間に降りてくる。

決して2人の仲が悪い訳ではなく、むしろ互いを尊重するあまり気を遣いすぎてそれが悪循環の元となっている。

しかし、このままでは本当にいつまで経っても埒が明かないと2人を見兼ねてクロードの影からアジールが姿を現す。


「もう、大の大人が2人して何やってるのさ」

「アジール」


クロードは自身の肩の上で翼を広げた相棒に目をやる。

これでなんとか停滞していた場の空気が変わると内心で胸を撫で下ろす。

アルバートも同じ様に思ったのか心なしか表情に安堵の色が見える。

そんな2人の様子を見てアジールは不満の言葉を口にする。


「やめてよね。僕を見てその内心助かったって感じの顔するの」

「さて、なんの事だ?俺達は普段と何も変わらんぞ」

「ああ、親父の言う通りだ」

「・・・こんな時だけ息ぴったりとか流石に酷くないかい?」

「何を言っているんだアジール」

「何の事かサッパリ分からんな」

「えぇ~」


さっきまでの気まずさが嘘の様な気安さで話し始める2人を見てアジールは心底呆れたといった様子で溜息を漏らす。


「もうなんでもいいよ。とにかく話があるなら早く済ませてよね」

「分かっている。最初からそのつもりだ」

「心配いらん。そう時間は取らせん」

「どの口で言ってるんだよ。この似た者親子め」


クロードの肩の上で文句を呟いたアジールはプイッとそっぽを向く。

些か調子に乗り過ぎたかアジールは機嫌を損ねてしまったらしい。

相棒には後で好物の甘い物でも買って機嫌を取っておくとしよう。

それより今は相棒が作ってくれた流れに乗っかって話を済ませてしまおう。


「それじゃあ親父。第八区画での一連の経緯について報告させて頂きます」

「聞こう」


クロードの言葉に首領としての調子を取り戻したアルバートが威厳ある態度で応じる。

そこから後はもう親と子ではなく組織の首領とその部下という立場を一切崩さずアルバートはクロードの報告に耳を傾けた。

自身の話に耳を傾けるアルバートに対し、クロードもまた第八区画で知り得た情報の一切を包み隠さずありのまま報告した。

リットン・ボロウという男の正体と彼の背後にいた照霊騎士団、第八区画と第三区画が秘密裏に築いていた関係と第八区画の後継者争いに乗じてその裏で暗躍していたシオン・グランハーディという男の事まで。

全ての話を聞き終えたアルバートは腕組みをしたまましばし目を閉じた後、ゆっくりと目を開けて小さく息を吐く。


「まさか第三区画がそこまでの動きをしていたとはな」

「親父のところにもこの報告は入ってなかったですか?」

「ああ、向こうに潜らせている者からサベリアスとガルネーザが手を結ぼうとしているというのは報告に聞いていたが、まさかサベリアスが乗っ取りまで計画していた挙句にこちらにまで手を出すつもりだったとはな」


そこまで言ってアルバートは忌々し気に表情を歪める。


「計画を立てたのはシオンとかいう若造だって話だったな?」

「はい。恐らく今回の件の全ての計画を立て指揮していた"第三区画の白狼"。シオン・グランハーディだと思われます」

「確かジェイガンのヤツが囲っている愛人に産ませた子供の1人だったか」

「らしいですね。ただ以前にウチの情報屋から上がった報告では父親であるジェイガン・サベリアスからは認知されていないらしく最初から後継候補にも入っていない様です」

「・・・だろうな。ヤツはそういう男だ」


クロードの言葉に頷いたアルバートは過去の出来事を思い浮かべながら呟く。

かつてはこの国を独立、解放する為に一時は共闘した事もある両者の間に一体がどのような過去があったのかクロードは知らない。


「しかし何だ。そのシオンとかいう若造はこれだけの計画を立て実現させるだけの大した男だが、ウチをガルネーザのオマケ扱いしているところは気に入らんな」

「そこは・・・どうなんでしょうかね。単にガルネーザの方が与し易かっただけとも考えられますが」

「例えそうだとしてもいい気はしないだろ」

「・・・・そうですね」


アルバートに言われ改めて考えてみると確かに自分達を侮られている様で不快だ。

これがそこらの小悪党程度ならすぐにでも乗り込んでその勘違いに相応しい報いを受けさせてやるのだが、今回の相手はそう簡単に手を出せる相手ではない。

いずれ今回の件の礼をする機会が巡ってくる事もあるかもしれないが今すぐの報復は難しいだろう。


「まあ直に手を下せなくとも今回はお前のおかげで計画の中心にいたリットン・ボロウとキャトル・マキウィの2人を始末する事が出来た。これでサベリアスとガルネーザの関係に亀裂も入り奴等にとってかなりの痛手となったはずだ」

「そうだといいんですがね」

「成果としては十分だ。ご苦労だったな」

「いえ、自分の務めを果たしただけです」


アルバートからの労いの言葉にクロードは軽く頭を下げる。

ともあれこれで知り得る情報は全て報告し終わった。

可能な限り手は尽くし結果として第八区画には大きな損害を与え、次期後継者であるドルバック・ガルネーザとの間にパイプも築く事が出来た。

唯一心残りがあるとすればサベリアス側に対して自分の取った行動でどれだけの効果があったかはハッキリとしない事だ。

そもそも第三区画とは区画間で距離があるからあまり警戒していなかったからそれ程情報収集はしてこなかった。


(今後はもう少し探りを入れるべきか)


第三区画に対して今後どういう方針で対応するかを考えながら席を立とうとクロードは腰を浮かせる。


「それでは親父。俺はここで・・・」

「少し待てクロード」


自分を呼び止めたアルバートの声に何か只ならぬものを感じてクロードは顔を向ける。


「何か不測がありましたか?」

「そうじゃない。今度は俺の方から話がある」


そう言ってもう一度座る様に指示するアルバートにクロードは言われるがまま椅子に座り直す。

自分に話があると聞いて何の話かと考えたクロードは先程リビングでのカロッソとの会話を思い出す。


「幹部会の件でしたらさっき下でカロッソ兄貴から聞きましたが・・・」

「そうか。ならそっちの件はいい」

「そっちは?という事は他にもまだ何か?」


クロードからの問いにアルバートは静かに頷く。

いつになく真剣なその表情に只ならぬものを感じる。


「お前が第八区画に行っている間にこちらは少し厄介な事が起こっている」

「厄介な事・・・ですか」


先程、下で話をしたカロッソからはそんな話は全く聞かなかった。

しかし父が厄介事と言う程の事をあの兄が知らされてないという事は考えにくい。

となれば考えられるのは母や妹のいるあの場で話す事が憚られる様な内容という事だ。

余程の無い様だろうと身構えるクロードにアルバートは静かに語り始める。


「クロード。お前は第九区画の"人喰い餓狼"の話は聞いた事あるか」

「ええ、噂程度ですが」


その話なら以前にラビから報告ついでに聞いた覚えがある。

確か第九区画で少し前に現れるようになった通り魔の事だ。

なんでも音もなく獲物の前に現れたかと思うと頭から人間を喰い殺すそうだ。

しかも名がつく程の知名度があるにも関わらずその姿はおろか男か女かもわかっていない。


「確か奴隷商人やらマフィアやら悪人だけを狙って喰い殺す殺人犯でしたか」

「そうだ。そいつが先頃この第七区画に現れた」

「なっ!」


アルバートの話にクロードは思わず言葉を失う。

クロードがそうなるのも無理はない。

実はこの殺人犯はただ悪人を喰い殺すだけではなく悪党としてかなり名がある者や実力のある腕利きばかりを狙う習性があるらしいのだ。


「親父。それは間違いないんですか」

「ああ、現に目撃者からタレコミのあった話でウチの者も殺れたヤツの死体を確認している。以前からウチでもマークしていたA級の賞金首ばかりだった」

「それでウチの者に被害は」

「幸い今のところ身内に被害は出ていない。だが、それも時間の問題だろうな」


確かにアルバートの言う通り悪人ばかりを狙うとなればファミリーに属する全員が危ない。幹部や実力のある者はともかく末端の構成員では荷が重い。


「ちなみにこの話、どの辺りまで・・・」

「あまり騒ぎを大きくしたくないからな。幹部連中とそれに準ずる一部の者にしか話はしてない」

「そうですか」


流石は組織の首領、賢明な判断だ。

こういった場合、血気にはやった連中が先走って犠牲になる可能性が高い。


「事が大きくなる前にこの件の処理をクロード。お前に任せたい」

「そうですね。それがいいでしょう」


確かにこの一件、自分が動いた方が確実だろう。

相手の実力から考えてぶつけるならまず幹部に匹敵するだけの実力は必須条件。

だが、幹部が表立って動くとなればすぐに周囲に伝わってしまう。

その点、自分はまだは幹部候補という立場である分自由も利く上、実力においても申し分ない。


「すまんな。幹部昇進の掛かった大事な時期に・・・」

「いえ、大丈夫です問題ありません」


むしろ幹部会で自分に対しネガティブな感情を持っている方々への印象を良くする為の手土産にこの殺人者の首を上げるのも悪くない。


「そうか。ならこの件はお前に任せよう」

「了解しました。では一度事務所に戻ってから行動を開始します」


そう言って今度こそソファから立ち上がるクロードに、アルバートは珍しく一つの注文を付け加える。


「出来ればどんなヤツか一度見ておきたいから可能ならば生け捕りにしろ。ただし、身内や堅気に被害が出そうなら手加減するな」

「はぁ、・・・善処します」


今までになかったアルバートからの注文にクロードは少し戸惑いつつ、その言葉を頭の片隅に留めておく事にする。


「では、今度こそ失礼します」

「ああ、気を付けていけよ」

「はい」


アルバートの言葉に送り出され部屋を出たクロードは閉じた扉の前で1人ごちる。


「遠くの"白狼"よりもまずは近場の"餓狼"を狩るとするか」

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