第74話 死は静かに忍び寄る
夕刻、視察を終えた後クロードは監視役に付き添われて宛がわれた部屋へと戻ってきた。
「それでは時刻になったら呼びに参りますので、それまでは部屋でおくつろぎを」
恭しく頭を下げて監視役の2人がそんな事を言う。
丁寧な言葉で繕ってはいるが、要は呼んだ時以外は部屋から出るなとそういう事だ。
監視役の2人が退出した後、クロードとヒサメは部屋の中に置かれたソファに腰掛ける。
いつの間にか肩の上に姿を現したアジールが愉快そうに声を上げる。
「ここまでは順調みたいだね」
「そうだな」
確かにアジールの言う通りここまでは問題なく推移している。
しかしその程度の事で喜んではいられない。あくまでも本番はここからだ。
「アジール。リットンの方の動きはどうなっている?」
「ちょっと待ってね。・・・・うん、外出の準備中みたいだね。彼の手下が馬車に荷物を運びこんでるよ」
「そうか」
どうやらリットンの方も当初の予定通りに例の役人と会うつもりらしい。
これでこちらも予定通りに行動を開始する事が出来る。
「それでヤツの護衛の数は?」
「馬車の近くにいるのは20人ぐらいだね」
「想定より少し多いが問題はなさそうだな」
20人全員が幹部クラスの実力を持っているなら多少手こずるかもしれないが、例えそうであったとしてもなんの問題もない。
「キャトルも一緒か?」
「いいや、彼は別行動みたいだね。自分の部屋で仲間とお茶してるよ」
「・・・ヤツは別行動か。その割には随分と余裕があるな」
流石にアジールに見られている事に気付いてるという事はないと思うが、それでも得体の知れない余裕に不気味さを感じる。
今回、クロードにとって脅威となるのはリットンと例の役人が集めた腕利きの護衛の武力ではない。
こちらの動きに併せて罠を張り、クロードを陥れる事で2つの組織間でマフィア同士で抗争を起こす事の出来る知恵を持つ者だ。
そういう意味では頭脳労働を専門としているキャトルはクロードにとって危険な存在だ。
(このタイミングで余裕があるという事はドルバック抹殺まで準備段階か?それとも既に用意が終わって結果待ちのどちらかだが・・・)
キャトルの余裕について予測を立ててみるが判断するには今一つ情報が足りない。
向こうの計画がどの段階にあるか分からない以上、自分は自分の計画を進めるのみ。
クロードは正面に座るヒサメを真っ直ぐに見つめる。
「この後どうなるか分からん。いざとなったら頼んだぞヒサメ」
「大船に・・・ライド・・・オン?」
「・・・・・はぁ」
大船に乗ったつもりで安心して良いという意味だと思うがイマイチはっきりしない。
こちらの意図をキチンと理解しているのか少しだけ不安になる。
とはいえ他に頼れる相手もいない。ここはヒサメを信用する他あるまい。
(まあ条件を付けているといはいえ、ヒサメなら心配はいらないか)
何せその実力はかつて戦ったクロード自身が二度と戦いたくないと思うほどだ。
ここ数年は戦いから距離を取った生活を送ってきたとはいえヒサメも元はプロの暗殺者。
しかも彼女の契約精霊は超強力であり、並みの人間では彼女に触れる事すら出来はしない。
ただ、強力すぎて守られる側のドルバック達の身の安全が保障できないのが難点だ。
「一応念押ししておくが、もし敵が来たとしても余程の危険がない限り全力は出すなよ」
「分かっ・・・てる」
ぼんやりとした表情で頷くヒサメに、本当に大丈夫だろうかとクロードは一抹の不安を感じる。
その時、部屋に備え付けられたバスルームの方からガタゴトと物音が聞こえる。
「どうやら"予定の時間"みたいだね」
「その様だな。ではこちらも行動を開始するか」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜半、第八区画の山岳方面へと続く人気のない街道を馬車の一団が駆け抜けていく。
リットン・ボロウと彼の配下の者が乗る馬車の車列である。
走る車列の中央、前後を護衛の馬車に挟まれた馬車の中にリットンの姿があった。
「計画の方はどうなってますか?」
「全て順調に推移しております」
「そうですか。それは重畳」
側近の部下からの報告を聞いてリットンは満足そうに頷く。
計画と言うのはもちろんドルバックを抹殺する計画の事だ。
首領の息子というだけで大した能力もない癖に居座り続けた目障りな存在がこれでようやくがいなくなると思うと胸がすく思いだ。
「これでようやく私の時代がやってくる」
部下からの言葉にリットンは表情を緩める。
今まで何度か始末をしようと試みてきたが優秀な参謀がいるらしく暗殺は失敗が続いた。
ドルバックについている参謀役には大体の目星がついてはいるが、首領に近しい相手故に確たる証拠がない限りは手を出す事は難しい。
手を出すのが難しい相手をいちいち気にしても仕方がない。
結局のところ肝心のドルバックを仕留めてしまえばいいだけの事。
そう考えて今回は万全を期し、わざわざ外から協力者を呼びしくじる要素が見当たらない程の完璧な計画も立てた。
今回こそは確実に仕留められると確信を持っている。
ただ唯一の不安要素を上げるとするならば、この重要なタイミングで自分達の縄張りに乗り込んできたあの男、クロード・ビルモントの存在だ。
「あの男の監視体勢はどうなっていますか?」
「そちらも抜かりはありません。常時監視役を複数人張りつかせてあります」
「何か動きがあった時の連絡体制は?」
「そちらも問題ありません。何かあった時の為に連絡役には"
双実の鈴とはある魔術師が昔開発した2個1対の魔法道具。
仕組みは簡単で片方の鈴に魔力を込めて鳴らすともう一方も同じ様に鳴るというものだ。
単に鈴が鳴るだけの道具である為に細かい意思疎通は難しいが、あらかじめ鳴らす回数毎に符号を決めておけばベルを鳴らした回数で遠距離にいる相手とある程度疎通が可能になる。
「符号は?」
「1回なら鳴らせば動きなし。2回鳴らせば異常発生につき警戒せよ。3回鳴らせば緊急事態発生、早期離脱せよとなっております」
「・・・分かりました」
これであの男に何かあった動きがあったとしても対応が取れる。
部下の男からの報告を聞いてまずは一安心と胸を撫で下ろすリットン。
そんな彼の姿を見て部下の男がやや呆れた様な顔をする。
「リットンさんは少しあの男の事を気にし過ぎではありませんか?あれだけの監視の目がある屋敷の中で事を起こす事等不可能だと思いますが」
「念には念をですよ。相手は仮にも
「そうは仰いますが相手はあの第七区画の人間ですよ。そこまで警戒する必要があるとは思えませんが・・・」
部下の口にした言葉にリットンはハハハと乾いた笑いで返す。
リットンとしても彼の言いたい事が分からない訳ではない。
相手はあの第七区画のマフィア。それだけで侮ってしまうのは仕方のない事だ。
それはこの第八区画だけでなくその他の区画のマフィアだとしても同じだろう。
何故ならビルモントファミリーの人間は基本的に腰抜けや甘ちゃんだと思われているからだ。
理由は実に単純なものでビルモントファミリーはマフィアでありながら悪事を行う反面、公然と慈善活動やボランティア活動などを行っているからだ。
なんでも首領であるアルバートの方針だそうだが、ハッキリ言って馬鹿げている。
一般企業であればそんな活動を行うのも理解できるが、彼らはマフィアだ。
許さぬ非情さ、無慈悲な残虐性、躊躇わない冷酷さで畏怖されるべき存在である。
その様な世界に生きる者が人前で堂々と甘さを見せるなど愚かとしか言いようがない。
「確かに貴方の言う事も一理あります。ですがあの男、クロード・ビルモントは我々が警戒するに足る人物だと私は考えています」
「何故ですか?」
「あの男は各区画における最強の証である
最強と呼ばれるという事は裏を返せばそれだけの実績があるという事に他ならない。
当然それに纏わる武勇の一つでもあってしかるべきなのだが、あのクロード・ビルモントという男に関してはそういった話が一切聞こえてこない。
正確に言うと結果についての報告は残っているが、どのようにしてその結果を出したかの過程が一切謎に包まれているのだ。
後は僅かに噂が流れて来たりするが今一つ信憑性に欠けるものばかりで正確性に乏しい。
「実は大した実力が無いからでは?」
「かもしれません。が、その逆の可能性も考えられます」
「逆?」
「徹底した情報の隠蔽」
リットンの口にした言葉に部下の男は首を左右に振る。
「それこそありえないですよ。そんな事をして何の意味があるというんですか?」
「確かにその通りですが・・・」
基本的にはマフィアの世界は実力主義だ。上に上がる為には己の力を示す他ない。
自ら望んで能力を隠蔽する様な事は出世を遅らせるだけであり、本人にとって何一つ得な事等ない。
それ故に実力を隠しているとは考えにくい。考えにくいが絶対にあり得ない話でもない。
もし、この考えが正しければ自身の情報をこれだけ徹底して管理をしているクロード・ビルモントという男は相当に頭の切れる人物という事になる。
もし自分が考えている通りだったらと思うとリットンは軽く身震いする。
実はリットンは今までに第八区画の野猿と第七区画の鴉以外の
そんな彼がクロード以外の
リットンはその辺にいる有象無象と比べ戦闘も仕事も出来る優秀な男だという自覚はあるが、そんな自分が凡人なのだと理解させるられる程に彼等は異質の存在だった。
今のところ、クロードからは彼らと同じ様な印象を受けていない。
が、もしそれがこちらの目を欺くための偽装だったとするなら気を抜く事は出来ない。
だから今回はいつもより護衛の数を多く付け、相手方にも警備のレベルを上げる様に伝えてある。
万全の対策は取っている。何も不安に思う事はない筈だ。
そう自分に言い聞かせ胸に抱いた一抹の不安を振り払うリットン。
そうこうしている間に馬車が少しずつ速度を緩めてゆっくりと停車する。
どうやら目的地に着いたらしい。
周囲の馬車から次々と人が降りるの音が聞こえる中、リットンもまた馬車を降りる。
馬車を降りると相手方の用意した護衛と思しき全身鎧姿の数人の男が出迎える。
「ご足労頂きありがとうございます。リットン殿」
「いえ、こちらこそ出迎え頂き感謝します。それであの方は?」
「中でお待ちになっておられます」
「そうですか。では早速参りましょうか」
挨拶もそこそこにリットンは目の前の教会の中へと進んでいく。
その後に従って連れてきた数人が建物の中に入っていき、残った者達が建物周辺の警戒を開始する。
その一部始終を星明かりの中で見詰めている男の姿があった。
「これで準備は整ったな」
「いよいよだね」
「ああ、狩りの時間の始まりだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます