第32話 悪党達の会社訪問

第七区画レアドヘイヴンの中心街、オフィスの立ち並ぶ大通り。

帰宅ラッシュで混雑する通りの中に似つかわしくない3人の男の姿があった。

1人は黒のスーツ姿、黒のコートに白のYシャツに紺のネクタイ。

服装だけは至って普通だが、務め人にしては長すぎる髪をしており、右の頬には獣に引き裂かれた様な鋭い3本の傷跡を持つ眼光の鋭い男。

後の2人はどちらもスーツからしてこのオフィス街には相応しくインパクトの強い色のスーツを着ている。

片方は趣味の悪い紫色のスーツに赤いネクタイ。人口芝の様にツンツンと上に向かって伸びたオレンジ色の頭髪をした頭の悪そうな若者。

もう片方はアッシュグレーの髪をした顔の彫りが深い鬼人の男。ガッチリとした体を目に優しくないワインレッドカラーのスーツで身を包んでいる。

あまりにも異彩を放つ3人の男達に、行き交う人々が思わず道を譲る。


「いや~久しぶりだからってちょっと食いすぎちまったぜ」

「でもやめられないんですよね~。野菜マシマシ油ニンニクマシ」


クロードの後ろを並んで歩きながら先程食べたらーめんについて感想を語り合うロックとラドル。

楽し気に会話をしている2人。一方で前を歩くクロードは見るからに傍目から見ても明らかな程不機嫌そうな表情をしていた。


「・・・お前等」

「ん?なんだ?」

「何かありましたかクロードの兄貴?」


前を歩くクロードから聞こえた声に反応し2人が会話を中断する。

何か問題でもあったのだろうかと様子を窺う2人に向かってクロードがゆっくりと振り返る。


「お前等、息が臭いんだよ」

「・・・へ?」

「なんだそんな事か」


クロードが言っている事の意味が理解できないといった様子のロックと、言われた事を全く気にする様子を見せないラドル。

まるで分かっていない2人の態度がクロードを更に苛立たせる。


「『なんだそんな事か』じゃない!なんでこれから大事な約束があるって時によりにもよってニンニク入りを食うんだ。馬鹿か!馬鹿なのかお前等は!」


いつもクールな印象のクロードにしては珍しく口調に熱が篭っている。

エルテイラに貰った栄養剤の影響が出てるのかもしれない。

ともあれ人目も憚らず怒り出すクロードに流石の馬鹿2人もタジタジである。


「すっすいませんでした」

「悪いクロード。考えが足りなかった」

「あん?本当に分かってるのか?」


目が合っただけで人が殺せそうな目つきをさらに鋭くし、2人を睨み付けるクロード。

普段よりも恐ろしさが3割増しになったクロードの迫力に押され2人がブンブンと首を縦に振る。


『はいっ!分かってます!もう二度と仕事中にニンニク入りは食べません!』

「・・・チッ」


一応反省の色を見せた2人に、まだまだ不満は尽きないが取り敢えず説教はここ迄にする。


「食ってしまったものは仕方がない。とりあえずお前等はこれを飲んでおけ」

「ゲッ!」

「そっそいつは!」


2人の前にクロードが取り出したのは小袋に入った錠剤。

研究所が開発した口臭を打ち消すミント味のタブレットだ。

さっきの栄養剤と違ってこっちは市販もされている完成品。

ただ見事なまでの爽快感で、さっき食べた物の余韻までも綺麗サッパリと吹き飛ばす。


「もちろんノーとは言わないよな」


そう言ってクロードは2人に笑顔を向ける。その目は全く笑っておらず、何より普段からあまり笑わないクロードがこういった時に見せる笑顔はどこか迫力があって恐い。

2人は黙って錠剤を受け取るとそれを袋を破って中の錠剤を口の中に放り込む。


「口の中をミントが侵略していくっす」

「嗚呼、ら~めんの余韻が・・・」


口の中のら~めんの味を一掃されて残念がる2人を見てクロードが頷く。


「よし、とりあえず口臭はこれでいいか。スーツに着いた臭いはひとまずタバコで上書きでなんとか誤魔化すとして・・・」


言いながらクロードは2人の姿を上から下まで見直し呆れた様な表情をする。


「しかしお前等、スーツはもう少しなんとかならなかったのか?」

「自分はこの色のスーツしか持ってないっす」

「俺の燃え上がる熱いハートを知ってもらうにはこの色かなと思ってな。第一印象は大事だろ?」


ロックはまだ改善の余地があるとして、ラドルの方はもうアホすぎて駄目だ。

第一印象は大事だが、方向性が間違っている。

こんな派手なスーツを着て許されるのはホストクラブの兄ちゃんぐらいだ。

これはもうラドルにTPOを理解させるのはもう諦めた方がいいかもしれない。


「ロック。お前は今度仕立て屋に行く時に連れて行ってやるから黒のスーツを作れ。正装用は持ってないと今後の仕事に差し支える」

「わかりました」

「ラドル。お前は今すぐその辺のビルのカドにでも頭をぶつけて死ね」

「ええ~っ!!なんでだよ~」


まるで分かってない様子のラドルを放っておいてクロードは本日最後の商談先へと向かう。

クロード達3人が辿りついたのは4階建てのオフィス。

ここ数年急成長を遂げた企業、その名はコルディ物産の社屋だ。


「さあ、行くとするか」

「うっす」

「だな」


3人は社屋の入り口に向かって歩き出す。

入り口をくぐってすぐに受付にいる小柄な女性に来訪を伝える。

若干怯えた様子だった女性はここで待つ様に断りを入れて建物の奥へと消える。


「うぅ、なんか緊張してきたかも」

「だらしねえな。このくらいで」


見かけのやんちゃさに似合わず臆病風に吹かれるロックと、見た目通りの豪快さでまるで物怖じする事無く堂々としているラドル。

TPOはともかくとしてこの男の度胸だけはロック達に見習ってほしい。

そう思っていると奥から先程の受付の女性が、丸メガネを掛けた背の低い細身の男性社員を連れて戻ってくる。


「ああ、これはビルモント専務。よくぞお越しくださいました」

「こんにちは、ヨーザ部長。今日は社長とのお約束を取り付けて頂きありがとうございます」


普段の強面がどこへいったのかと思う程、愛想のいい笑顔を浮かべて挨拶をしたクロードは相手の男と固い握手を交わす。

クロードと挨拶を済ませたヨーザは彼の後ろの派手なスーツの男2人に目を向ける。


「ビルモント専務。そちらのお2人は?」

「はい。こちらは我が社の常務ラドル・ボルネーズと私の部下のロック・ディオーリです」

「はじめましてロックです」

「ラドルだ。よろしくな部長さん」


ぎこちない礼をするロックと友人に話しかける様な態度のラドル。

ラドルの態度に思わず拳が出そうになるクロードだったが、ここで手を出すのはマズイとなんとか自制して拳を押し留める。

代わりに目一杯に殺意の篭った視線を飛ばしておく。


(ラドル。テメエこれが終わったらちょっと面貸せ)

(悪い。つい、いつもの癖で・・・)


決して頭は悪くないはずだが、この男に礼節を強いるのは無理がある様だ。

相手に不快感を与えていないかと恐る恐るヨーザの顔色を窺うクロード。


「流石はボルネーズ商会さんだ。お2人とも屈強そうで頼もしい限りですな」

「ハハハッ、恐縮です」


クロードの予想に反し、どうやらヨーザは好意的に捉えてくれたようだ。

一応こちらの表の仕事内容は事前に伝えてあるのでそれほど不審に思わなかったらしい。


「まあ、立ち話もなんですからこちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


ヨーザに先導され、3人はそのまま応接室へと通される。

応接室に通されてすぐに社長を呼んでくるので少し待つよう言い残しヨーザが退室する。

通された応接室の大きなソファに3人は並んで腰を下ろす。


「はぁ、とりあえず今のところは問題ないようだな」


この応接室に来るまでに随分と精神を削られたクロードが疲れた溜息を吐く。


「ハハッ、なんも問題ないだろ」

「誰のせいで俺がこんな思いをしてると・・・」


ギロリとラドルを睨み付けらるクロード。

可能ならば今すぐにこの場で叩きのめしてやりたい所だ。


「悪かったって、だからその目で睨むのやめろよ。マジで恐い」

「うるさい。おまえはもう喋るな」

「ええ~、折角来たんだし俺も社長と話したいぜ」


この期に及んでまだこんな事を言っているラドルにクロードは頭を抱えたくなる。

今更ながらこの男を同席させたのは間違いだったかもしれない。

しかし、ボルネーズ商会のこれからを考えるとこれは必要な事だ。


「・・・余計な事は言うなよ。言いやがったらマジでタコ殴りにした後でドラム缶に詰めるからな」

「そう言われるとなんだか自信がねえな」

「あん?」

「イイエ、ナンデモナイデス」


クロードに威嚇されてラドルはその大きな躰を縮こまらせる。

体格だけ見るとラドルの方が大きいのに、立場は圧倒的にクロードが上に見える。

2人のやり取りを見ていたロックが気になった事を尋ねる。


「兄貴達に聞きたいんですけどいいっすか?」

「なんだロック?」

「前から気になってたんですけどクロードの兄貴とラドルの兄貴って結局どっちが強いんですか?」

「それは今聞かなきゃいけない事か?」

「すいません。でも気になっちゃって」


恐縮した様子で頭を下げるロックの言葉にクロードとラドルは互いの目を見合わせる。

なんだかんだで2人とも長い付き合いだ。今まで喧嘩した事だって1度や2度じゃない。

むしろ最初にあった頃はなにかと理由を付けてはよく殴り合っていた。


「そういや最後に喧嘩したのいつだった?」

「4年前じゃなかったか?お前が叔父貴の大事な客をぶちのめして取引を潰した時」

「あっ、その話は聞いた事ありますね」

「ああ~あの時か~。でも、あれはあの野郎が悪い」


その時の交渉相手は常にこちらを見下した態度を取る気に喰わない男だった。

当時はまだ今よりも会社に力がなく侮られていたのだろう。


「確かに随分陰険な男だったからお前の気持ちも分かるが、あれでデカイ仕事をフイにして若い連中の給料が出せなくなるところだった」

「分かってるよ。あの後お前に散々ボコられて、家に帰ったら更に親父にまで叩きのめされたからな」

「当然だ。・・・だが、奴を殴ったあの拳は評価している」

「だろう。会心の一撃だったからな」


思わぬ所で昔話に花が咲く2人。話を聞いているロックだけが引き攣った笑いをしている。

クロードとフリンジの2人から殴られる等、ロックからしてみれば恐怖でしかない。


「けっ結局、クロードの兄貴が強いって事でいいんですか?」

「そうだな。今のところ俺の30勝59敗5引き分けとかだっけ?」

「違う。お前の27勝62敗で5引き分けだ」

「どっちでも大して変わらねえよ。俺の負けは変わらないし」

「そうなんですか?体格だとラドルの兄貴の方が勝ちそうに見えるんですが・・・」


思っていなかった答えに不思議そうな顔をするロックに、ラドルは話を続ける。


「これでも頑張った方だぜ。クロードは俺らとの素手喧嘩スデゴロの時は例のクソ烏の力を使わないからな。それがなけりゃ完封されてる」

「誰がクソ烏だよ。バカ鬼」


突如聞こえた声に視線を移すと、クロードの肩の辺りの影から顔だけ出したアジールがラドルを見ていた。


「あっ、やっぱり居やがったかクソ烏」

「脳味噌足りない馬鹿の癖に僕をクソ呼ばわりとはいい度胸だね。焼かれたいの?」

「なんだとこの野郎。焼き鳥にして食ってやろうか」

「やってみるかい?お前じゃ僕に触れる事も出来ないと思うけど」


睨み合う1人と1羽の視線が火花を散らす中、応接室の扉を誰かがノックする。


「馬鹿共、遊びは終わりだ大人しくしろ」

「決着はまたにしといてやるぜクソ烏」

「いつでもおいでよバカ鬼。返り討ちにしてあげるから」


アジールはクロードの影に引っ込み、3人は立ち上がり姿勢を正して相手を迎える。

先に室内に入ってきたのは部長のヨーザ。

その後に続いてヨーザと同じぐらい背の低い男が入ってくる。

相手の姿を見たクロード以外の2人が少しだけ意外そうな顔をする。


「お待たせしましたボルネーズ商会の皆さん。こちらが弊社の社長、モンテス・コルディです」

「はじめまして、コルディ物産の社長をしているモンテスです。どうぞよろしく」


そう言って軽く頭を下げた男は、確かにブラウンカラーの高級なスーツで身を固め、頭髪もビシッと整えた立派な格好をしている。

しかし、その薄緑色の肌や頭に生えた小さな角から見て、紛れもなく世間から低能と蔑まれる小鬼ゴブリンと呼ばれる種族だった。

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