第26話 情報屋からの定例報告 1

会議室の中、長机を挟んで向かい合って座るクロードとラビ。

クロードの隣に腰を下ろしたロックは、先程までの緩い雰囲気から打って変わってピリリとして緊張感を漂わせる2人を見て身を固くする。


「それじゃあ早速お仕事の話をしようかクロードくん」

「そうだな」


その言葉を合図に2人はほぼ同時に懐から分厚い手帳とペンを取り出す。

ロックも慌てて懐から以前クロードに買って貰った真新しい手帳とペンを取り出す。


「まずは以前から依頼されてた仕事の報告からでいいかな~?」

「ああ、頼む」

「それじゃ一つ目だね~。先月から追いかけてた奴隷商人のアジトの件だけど、この度めでたく突き止める事に成功しちゃいました。はい、拍手~」


ラビは陽気な笑顔で両手を頭上に上げると自分で自分に拍手を送る。

一瞬で場を包んでいた緊張感が嘘だった様に消え去り、ロックは思わず苦笑いを浮かべる。

一方のクロードはというと1人盛り上がっているラビを前に手帳を開いたまま僅かに呆れた様な表情を浮かべるだけ。

そのあまりにも薄い反応にラビは頬っぺたを膨らませ抗議する。


「ちょっとクロードくん。もっと何かリアクションしてくれないとラビちゃん悲しくなって泣いちゃうよ?」

「俺はこういう性分だ。諦めろ」

「それは知ってるけどさ~」


これでも親、姉妹の次ぐらいには顔を突き合わせてきた間柄。

ラビの数多居る友人の中でもかなり付き合いの長い方なのでもちろんお互いの人となりはよく知っている。

だからといってこうも淡白な反応しか返ってこないのは友人として少し残念な思いがしないでもない。


「クロードくんの親友ラビちゃんはその冷たい眼差しで凍えちゃいそうです」

「目つきが悪いのは生まれつきだ」

「兎は寂しいと死んじゃうんだよ?」

「良かったな。お前の家は姉妹併せて22人の大家族だ」


必死に構ってもらおうとするラビを冷たくあしらうクロード。

何を言ってもドライな反応しか返ってこない事にラビの笑顔も思わず崩れる。


「ノリが悪すぎだよ。クロードくん」

「お前は悪ノリしすぎだ」

「むぅ~つまんないな~」


クロードの言ってる事は至極真っ当ではあるのだがラビとしてはそれでは面白みがない。こうなってくると是が非でもいいリアクションを引き出したくなってくる。


「そんな態度じゃ情報を教えてあげないよ」

「なるほど。その場合、俺は友人を1人失う事になる訳だがそれでいいか?」

「へっ?」


きょとんとした表情をするラビと憐れむような目で彼女を見詰めるクロード。


「友人としてせめてもの情けだ。最期を迎える場所は海と山どっちがいい?」

「・・・冗談だよね?」

「俺もそうなる事を願っている」


発言の間の表情の変化に乏しく冗談とも本気とも取れぬクロードの言葉にラビは青い顔をする。

93%ぐらい冗談だと思うが残りの7%ぐらい本気の可能性がある。

そしてファミリーの為ならばこの男は残り7%も平気で行うタイプの人間だという事をラビはよく知っている。

思わず最悪の未来を想像してラビは身震いする。


「すいませんでした」

「分かればいい」


すぐに謝罪を述べたラビを見てクロードはニヤリと悪い笑みを浮かべる。

その笑顔を見て負けを悟ったラビが恨めしそうな視線を向ける。


「酷いやクロードくん。ちょっとだけ君と友達続けるのを考え直したくなったよ」

「それはお互い様だ」


ラビからの恨み節もまるで意に介した様子もなくクロードは机の上をペンの底でコツコツと叩く。

彼がラビの前でこの仕草をする時は本題に戻るという合図である。


「もう、せっかちだな~」


文句を言いつつラビは自分の手帳から中のピンク色の付箋が挟まったページを開く。


「アジトの場所は第七区画の南西部にある採掘所跡地。確かビルモントファミリー幹部のリッキードさんが以前持ってた鉱山だったかな?」

「なるほど、あそこか」


クロードの脳裏に最近目ぼしい鉱石を取り終えて廃坑になった鉱山が浮かぶ。

あそこには駆け出しの頃に何度か見学に連れて行ってもらった記憶がある。

同じ場所を思い浮かべたらしいロックが思わず苦笑する。


「この事を知ったらリッキードの叔父貴が怒り狂いそうですね」

「だな」

「明後日にはまた場所を移動するっぽい動きがあるから仕掛けるなら早い方がいいと思うよ」

「了解した」


この件は自分達だけで片を付けようと思っていたが、他の幹部の名前が出た以上勝手に動くわけにもいかなくなった。

こういったケースの対応方法としては幹部に情報だけ流して向こうで対処してもらうか、話を持ち掛けて協力して仕掛けるかになる。

そういった情報から対応を考え、判断を下し、対処するのがクロードの役目。

今回関わってくるリッキードという人物は幹部の中でも気性の荒い武闘派の人物なので恐らく向こうで対処する事を選ぶだろう。

むしろ下手にこっちが手を出せば不興を買いかねない。


「ロック。話が終わったらすぐにリッキード叔父貴の事務所に行って今の情報を伝えてくれ」

「分かりました」


2人はすぐさま今の会話の内容を手帳に書き留める。

2人が書き終わったのを確認してラビは次の話を始める。


「とりあえず方針は決まったみたいだから2つ目いくね。前から依頼されてるトレビック社から誘拐された社員さんと彼を攫った連中の件。残念ながらこっちはまだ足取りは掴めてません。ただ、調査の結果どうも外の人間が関わってるらしい事は分かったよ」

「外か・・・」


ラビの言う"外"とはつまりは国外の国家ないし組織が関わっているという事。

予想はしていた事とはいえ少しばかり面倒な事になってきた。


「どうする?調査を続けるなら頑張って追いかけてはみるけど?」

「追えるのか?」

「やれなくはないよ」

「そうか。だがお前の身の安全を考えるとな」


いくら情報屋とは言えラビの活動範囲はあくまで国内に限られており、国外にまで足を延ばすとなると今以上のリスクを背負う事になる。

トレビックとの関係をより強固なものにする為にもこの件は解決したい所だが、それでラビに危険な橋を渡らせる事になるのはクロードの望む所ではない。

国内であれば何か問題があっても大概の事は助けてやれるが外に出るとなるとそうもいかなくなる。

心配するクロードの心情を知ってかラビは悪戯っぽく笑う。


「フフフ。ビジネスとプライベートは分けるんじゃなかったのかい?」

「それについては極力とも言ったはずだ」


ラビは非常に優秀な人材だ。トレビックとの関係性も今後の事を考えれば重要だがその為に使い捨てに出来る程、ラビの存在は軽くはない。

何より憎まれ口を叩きあっていてもクロードにとっては数少ない友だ。

こんな事で切り捨てていいとは思っていない。

考え込むクロードを後押しするようにラビは言葉を続ける。


「こっちとしても一度は引き受けたお仕事だし、何より事情通が売りのラビちゃんとしてもここで終わりっていうのは後味悪いからさ。続けさせてよ」

「・・・分かった。それなら調査は継続してもらおう。その分こちらからは多目に追加報酬を出すとしよう」

「やったね!丁度妹の誕生日に新しい服が買いたかったんだよね~」


嬉しそうにはしゃぐラビを見てクロードは小さく微笑む。


「この時期に誕生日って事は末の妹さん達か?」

「そだよ~。双子だから誕生日の出費も2倍なんだよね~」

「家族が多いと大変だな」


ラビの家は大家族で14人の妹達以外は全員が働きに出ている。

家族が多い分出費も大きいのでいつも金欠気味だ。

三女のラビは家族の中でも一番の稼ぎ頭だがそれでも育ち盛りの家族を食わせるので手一杯という有様。


「確かに大変だけど悪い事ばかりじゃないよ。家は明るく賑やかだしね。なんだったら昔みたいにご飯でも食べにくる~?」

「いや、それはやめておこう」

「あっ、やっぱり?残念だな~」


クロードの返事に冗談めかして笑うラビ。

自分で言っておいてなんだがクロードがこう答えるのは分かっていた。

彼が駆け出しの頃はお金が無くてラドルと2人でよくラビの家に転がり込んでは家族に混じって食卓を囲んだものだが、今の立場になってから2人共、特にクロードはこの手の誘いを断る様になった。

それは彼等が出世したという事であり友として喜ばしいとも思ってはいるが、その事が少しだけ寂しくもある。

今回もダメだったかと内心の残念な思いを取り繕おうとするラビにクロードは言葉を続ける。


「いつもお前にばかり声をかけさせているからな。今回は俺の方から招待しよう」

「・・・はえっ?」

「そうだ。折角のいい機会だし妹さんの誕生会をしよう。お前の家族も全員連れてくるといい」

「えっ?えっ?」


いつもとは違うクロードの話にラビは考えが追い付かずに間抜けな声が漏れる。


「中心街の方に俺の兄貴が経営してるレストランがあるんだがそこでいいか?」

「それってラ・フィールだよね?」

「ああ、知ってたか流石は情報通だな」


知ってるも何もこの街では知らない者がいないぐらいに有名な店だ。

とてもじゃないがラビの様な貧乏人が気軽に通えるような店じゃない。


「ちょっと待って、あそこって確かドレスコードがある店だよね。ウチの家族はドレスなんて持ってないし、お父さんのスーツもボロボロ。何より全員分買うようなお金もないよ」

「心配ない。この際だから家族全員分のドレスとスーツも作らせよう。丁度取引先にいい仕立て屋が居るからそこを紹介する。費用についても俺の方に回すよう伝えておくから問題ない」


一方的に話を進めるクロードにラビは呆気にとられる。

彼はこんなに強引なキャラクターだっただろうかと疑問を抱く程だ。


「急にそんな事言うなんて何かの死亡フラグとかじゃないよね?」

「お前は何を言っているんだ」

「だってなんだかクロードくんらしくないと思ってさ」

「そうか?俺としてはお前のとこの親父さんとおばさんには金がない頃に何度もタダ飯を食わせてもらった恩があるからな。いつか返したいと思っていた」


クロードは簡単そうに言うが22人全員の正装となると相当な金額だ。

とてもじゃないが昔何回か食べた程度の食事代とでは到底釣り合いが取れる金額ではない。


「そんなの今まで一度も聞いた事無いんだけど」

「当然だ。一度も言ってないからな」


然も当然と言わんばかりのクロードの態度にラビは思わず溜息を漏らす。

色んな情報を駆使して他人を振り回すのが好きな彼女だが、正直クロードだけは今まで掌でうまく転がせたと思った事が無い。


「クロードくんのそういう所、ズルいと思うんだよね~」

「何の事を言っているか分からんが、狡賢さでお前に勝ってるとは思わんな」

「それってどういう意味だよ~」

「言った通りだ」


憎まれ口を交わした2人はフッと鼻で笑う。


「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな~」

「分かった。なら手配はこちらで済ませておくとしよう」


食事の約束を交わした2人は話題を本題の方へと戻す。


「他に報告はないって事でいいのか?」

「そうだね~。頼まれてる仕事で動きがあったのはそれぐらいかな~」

「そうか。なら今回は追加でガルネーザファミリーのリットンって野郎について身辺調査を依頼したい」

「いいよ。どこまで知りたい?今なら普段来てる下着の色から今まで抱いた女の数までなんだって調べちゃうよ?」


食事の約束で俄然ヤル気になったラビは鼻息を荒くする。

その発言を聞いたロックはそんな事まで調べられるのかと青い顔をする。


「そこまでは要らん。ひとまずは今回の件での奴の動きは当然ながら奴の今の動きと、奴が何を考えているか、後は奴の背後関係について詳しく知りたいな」

「どのぐらいの間調べればいい?」


ラビの問いにクロードは腕組みをして真剣な表情で答える。


「ガルネーザとやり合っても負ける気はしないが、無駄な戦いをして犠牲を出す様な事はなるべく避けたい。だから期間について敢えて明言するならヤツが死ぬかこの国から消えるまでが期間だ」

「了~解」


ズビシッと綺麗な敬礼をしてラビは椅子から立ち上がる。


「あっ、そうそう。最後に一つアドバイス」

「ん?なんだ?」

「こないだ酒場で君を狙ってきた3人組はリットンの刺客だよ」


ラビの言葉を聞いたクロードはルティアと初めて対面した夜、酒場で襲い掛かってきた連中を思い出す。


「ほぉ、それは興味深いな」

「なんで君を狙ったのかまではまだ分からないけど、その辺の理由も含めて次回までに調べておくから楽しみにしといてよ」

「ああ、そうする」

「それじゃ!また来週ね~」


それだけ言うとラビは会議室から飛び出していく。

ラビが部屋を出てすぐにトムソンの悲鳴が部屋の外から聞こえる。


「あっ!ごめ~ん!気付かなかった~」

「ラビさん酷いっす~」


どうやら部屋の隅に転がしておいたトムソンを踏んづけたらしいラビは、反省の色ゼロの謝罪の言葉を残し建物の外へと駆け出していった。


「・・・大丈夫っすかね?」

「アイツはあれでもプロだ。心配ないだろう」


あれでも今まで何度も危険な情報を集めてきたプロ中のプロ。

余程のヘマでもしない限り捕まる様な事はないだろう。

それよりも今はリットンが自分を狙っている事の方が気にかかる。


「今から次の報告が待ち遠しいな」


ガルネーザと表立って事を構えるつもりはないが、リットンという人物にはこれからせいぜい楽しませてもらうとしよう。

そう思いクロードは開いていた手帳を閉じるのだった。

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