第23話 文明の夜明け

ゼドから情報を得てすぐに倉庫を後にしたクロードとロック。

すぐに会社に戻ると思っていたロックの思惑に反してクロードは会社とはまるで反対の方向に向かって歩いている。


「あれ?兄貴、会社に戻らないんすか?」

「気が早いぞロック。情報屋が来るのは午後からだと言っただろ」

「じゃあどこ行くんですか?」

「いつも通り外回りだ」

「えっ、いいんですかそれで?」


不安を隠せない様子のロックに対し、クロードはまるで気にする風でもなくいつも通りにタバコを口に咥える。

いつもと変わらぬクロードの態度にロックは戸惑いつつも自前のライターを取り出し火を差し出す。


「いいも何も今急いで動いたところで何が変わる訳でもない。むしろ貴重な時間を無駄にするだけだ」

「確かにそうかもしれないですけど・・・」

「そんなに心配か?」

「ええ、まあそうですね」


ガルネーザファミリーと抗争になるかもしれないと考えるとどうにも落ち着かない。

抗争自体は別に珍しい事でもない。むしろ小競り合い程度なら日常茶飯事だ。

ロック自身も何度かそういった鉄火場に立っている。

そんな彼でもガルネーザファミリーという大組織が相手となるかもしれないと思うと少し気後れしてしまう。


「ハハハ、変ですよね。まだガルネーザファミリーと事を構えると決まったわけじゃないっていうのに」

「まったくだ」


弟分の弱音を一蹴し、クロード呆れた様な表情で煙を吐き出す。


「焦るなとかビビるなとは言わんが、まだどうなるかも分からない事に振り回されて足元を疎かにするな」

「・・・うす」


指摘された事を素直に反省し、シュンとなる弟分にクロードは慰めの言葉をかける。


「心配しなくてもガルネーザとすぐに抗争なんて事にはならん。今回に関しては既にこっちが奴らの出鼻を挫いているからな」

「どういう事ですか?」


クロードの意図している事が分からないといった様子のロックに、クロードは今の状況を説明してやることにする。


「まず奴等がビルモントファミリーに何かしら行動を起こすには口実が必要だ。そしてその理由にさっきの強盗共を利用するつもりだった可能性がある。ここまでは分かっているな」

「はい。強盗共が逃げ込んだから捜索させろとかそういうのを理由にこちらに何かしら介入してくるつもりだったかと」

「そうだ」


もちろんそんな事を許す事は出来ない。

それを許せばビルモントファミリーは自分達の支配圏に逃げ込んだドブネズミすら見つける事が出来ない無能の集まりだと他組織から要らぬそしりを受け、侮られる事になり兼ねない。

だからといって自分達だけで捜索し見つけられない時間が長引けば長引く程、ガルネーザに要らぬ疑いをかけられかねない。

故に今回の件は迅速かつデリケートな対応を求められる事になった。


「向こうがこちらに痛打を与える為に必要なのは奴らを長期間潜伏させ、それをこちらが発見できない状況を作り出す事だった。だが実際はどうなった?」

「1日で捕まりましたね」

「その通りだ。お前達が町中駆けずり回って捜索した結果。奴らがこちらに付け入る隙を与えなかった。それどころか奴らはこちらに手が出し辛くなった」

「手が出しづらくなった?」

「考えてみろ。リットンが強盗達をこちらに送り出すにはどうする必要があった?」

「えっと、それはさっきの強盗達に銀行を襲わせてこちらに逃がす必要が・・・あっ!」


そこでロックは気付く。この作戦を行う上で向こうが抱えたリスクに。


「そう。つまりこの作戦を始めるには奴らは一番最初に自分達で強盗達を取り逃がすという失態を演じる必要がある訳だ」


そして自分達の失態で生じた問題をこちらに投げる事で、初めて責任をなすりつける事が出来る。

しかしそれは逆に他人にケツを拭かせるという恥知らずな行いでもある。

マフィアは面子を重んじる性質があるのでそれは避けたい。

だから逃げた強盗達には長く逃げ回ってもらわなくてはならなかったがそれは敵わなかった。

その結果、相手方に残ったのは最初の事件で犯人を取り逃がした不名誉だけだ。


「こちらに仕掛ける大義名分を作るはずが、意図して自分達が逃がした連中があっさり捕まった事で掻かなくていいはずの恥を掻いた上、こっちに要らぬ借りまで作ってしまったわけだ」


そんな状況で抗争を仕掛けるのは難しい。

マフィアは確かに悪党の集団だがゴロツキやチンピラと違い秩序を重んじる。

大きな戦いを仕掛けるにはそれに見合うだけの理由が必要であり、大義のない戦いを仕掛けた者にはそれ相応の態度で臨む。


「もし手を出せば他の区画のマフィア共まで敵に回す恐れがある。ガルネーザファミリーの首領ドン、ナレッキオ・ガルネーザは欲深で知られる男だが仮にも大組織の長。状況が読めない様な馬鹿じゃない」


少なくとも今回作ってしまった借りを精算するまでこちらに抗争を仕掛ける事は出来ない。


「いずれ仕掛けて来るにしろそれは今すぐにという話じゃなくなった。そういう事が出来ない様に奴等は自分達で状況を作ってしまった訳だ」

「なるほど」


クロードの説明でようやく合点がいったロックは言葉に大きく頷く。


「次に動くにしても時間は稼げたわけですね」

「ああ、だから俺達は向こうが次の行動を開始するまでじっくり時間を掛けて奴等を調べればいい」

「なるほど」


クロードの説明でようやく合点がいったロックが大きく頷き、改めて兄貴分であるクロードに羨望の眼差しを向ける。


「流石は兄貴。なんでもお見通しですね」

「この程度の事自慢にもならん。そんな事よりも今は商談だ」

「はいっ!」


話を終えた2人は次の目的地に向かって歩き出す。


歩き出してしばらくして次の目的地である大きな工場へと辿り着く。

工場の敷地を囲う高い塀に沿って歩いて正門に着くと、警備に訪問の約束を伝えて中に入る。

手慣れた様子で入館証を受け取ると敷地内を横断し事務所へ向かう。

その途中、工場内でも一際大きな建物の大扉から中を見たロックは足を止めて感嘆の声を上げる。


「はぁ~何度見ても凄いですねこいつは」

「そうだな」


ロックの声で足を止めたクロードも工場の方へと視線を移す。

そこにあったのは巨大な金属の車両。

クロードの元いた世界では既に遺産級の代物だがこの世界では最先端の乗り物。

英語だとsteam locomotiveで通称SL。つまりは蒸気機関車である。

ここは国内でも数件しかない蒸気機関車の製造工場なのだ。


「黒くてデカくて迫力あるしカッケーっすよね」

「男のロマンですよね」

「そうそう。ってあれ?」


返ってきた聞き慣れない声にロックが後ろを振り返ると、いつのまにか作業着姿の少し恰幅のいいおじさんが立っていた。

見覚えのない相手の介入にロックは訝し気な目を向ける。


「おじさん誰?」


思わずそんな言葉が口を突いて出た瞬間、隣にいたクロードの左ジャブがロックの頬に炸裂して世界が大きく揺れる。


「うぉおおおお痛ぇええええ!何するんですか兄貴」

「何を言ってるはおまえだアホ。クライアントの前では言葉に気を付けろ」


抗議の目を向けるロックを睨み付けて黙らせた後、クロードは中年男性の方へと向き直って頭を下げる。


「部下が失礼を申しました。トレビック社長」

「いえいえ、お気になさらずにビルモントさん。むしろ若い方はこれぐらい元気があった方がいい」


ロックの無礼な振る舞いを咎めるでもなくトレビックと呼ばれた男が朗らかに笑う。

とてもロック達の様な裏社会の人間とは縁がなさそうな温厚そうな人物である。

トレビックは頭を抑えるロックの方へ目を向ける。


「鉄道お好きですか?」

「えっと・・・」


トレビックからの問いにロックは学の乏しい頭を使って言葉を選ぶ。

好きかどうかと言われてもそれ程詳しい訳ではないので何とも言えない。

ただ巷で話題にはなっているから興味がある程度だ。

とはいえあまり不用意な発言は出来ない。

次に失言をしたら今度は隣にいる兄貴分に殺される。

考えた末にロックは一番無難で当たり障りのない答えを口にする。


「はい。好きです」

「それは良かった」


簡潔すぎると言っていいロックの答えにもトレビックは満足そうに頷いてくれた。

どうやらトレビックは見た目通り気のいいおじさんらしい。


「良かったら見学していかれますか?」

「えっ、いいんすか?」

「構いませんよ」


思いもよらぬ提案にロックは思わずクロードの顔色を窺う。

流石に兄貴分の許可なく勝手な真似は出来ないと思っているらしい。


「ご迷惑ではありませんか?」

「ええ、問題ありませんよ」

「そうですか」


トレビックの提案にクロードは少しだけ考え込む。

ここには仕事で来ているのであまり相手の手を煩わせたくはないが、ロックの見識を広めるという意味ではこれはいい機会かもしれない。

検討の末、折角の提案なので受ける事にする。


「分かりました。今回は社長のお言葉に甘えさせて頂きます」

「では案内をつけましょう」


そう言うとトレビックは工場内にいた作業員を呼びつける。


「この者に案内させますがよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「お願いしゃっす!」


挨拶もそこそこに、ロックは作業員に連れられて工場の中へと歩いていく。

残されたクロードとトレビックは仕事の打ち合わせの為に工場横に建てられた事務所の応接室へと移動する。

対面式のソファーに腰かけた2人は早速打ち合わせを始める。


「さて、今回は次の車両輸送計画の話でしたっけ?」

「そうです」


トレビックの会社とボルネーズ商会の間で結ばれているのは車両運搬と従業員の警護に関する契約である。

蒸気機関車は現在の世界においては最先端技術の結晶である。

欲しがっている人間を数えだせばそれこそきりがない。

中には武力行使も辞さないと言った連中もおり、車両の強奪や技術を持つ社員を誘拐から守る必要がある。

クロードはそういった需要がある事を知ったクロードは、丁度社員誘拐被害に遭ったばかりだったトレビックに話を持ち掛けて契約を取り付けた。

以降、襲ってくる連中の悉くを返り討ちにしてトレビックから絶大な勝ち取り今の関係に至っている。


「次は隣国のヒールミルドまでお願いする事になります」

「なるほど。そういえばあちらは来年鉄道が開通予定でしたね」

「そういう事です。おかげで忙しくさせてもらってますよ」


現在レミエストス共和国を中心に周辺国の間で急激に鉄道網が構築されている。

これにより今まで難しかった国家間の移動や物資輸送が今までよりも簡単になる。当然この計画には莫大な金が動いており各国家から様々な企業がこぞって参戦し鎬を削っている。


「ウチの会社からは2年で10両を納品する契約になっています」

「長い仕事になりそうですね」

「はい。ですから今回も頼りにさせてもらいますよ」

「お任せください」


仕事なので万全を期するのは当然であるが鉄道関係事業はビルモントファミリーにとっても大きな収入源であり力を注いでいる分野の1つだ。それを余所者に邪魔されるのはこちらも望む所ではない。故にこの仕事の重要性は非常に高い。


(それを分からせようと思って連れて来たんだがな・・・)


今頃工場内で蒸気機関車というものに触れて興奮状態であるだろうロックの事を考え思わず苦笑が漏れる。これから先、自分は幹部昇格等の話もあってどうなるか分からない。今の内に信頼できる人物に引き継げる体制を作っておきたかったがそうすぐにはうまくいかない。


(まあ、焦っても仕方ない。じっくりやるとしよう)


クロードは気持ちを切り替えると仕事の打ち合わせに意識を戻す。

それからはトレビックと仕事内容と料金面に関する打ち合わせを行い、全ての話が終わったのは丁度昼を報せるチャイムが鳴る頃だった。

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