第22話 尋問室の巨人

ボルネーズ商会の入っている建物の二階事務所の中、事務机の間に殊勝な顔で正座する4人の若い男達。

彼等の前には何故か目の下にクマを作った彼等の兄貴分であるクロードが立っている。


「全員揃ってるな」

『はい』

「じゃあ手早く済ませるか」


言ってクロードは軽く握った右拳を持ち上げると舎弟達の頭上に打ち下ろしていく。

脳天から腹の底まで突き抜けた衝撃に舎弟達はその場で頭を抱えて悶絶する。


「ぬぉおおおおおおお」

「いってぇえええええ」

「鼻から脳みそが飛び出るぅうううう」

「頭蓋が割れるっすぅううう」


疲れた表情をしていてもクロードの拳骨の威力はまるで衰えていない。

もっともこれでもまだ加減がされているのだから恐ろしい。


「これで昨日のケジメはついた。仕事に掛かるぞ」

「兄貴、もうちょい回復に時間欲しいっす」

「駄目だ」

「ですよね~」


ロック達4人は痛む頭を抑えながら立ち上がる。

ただトムソンだけは足が痺れたらしく立ち上がれずその場に転倒する。


「兄貴、オイラまだ足が痺れて・・・」

「さて、今日の予定についてだが」


トムソンの訴えを無視してクロードは懐から分厚いメモ帳を取り出す今日の予定について話を始める。

ボルネーズ商会はビルモントファミリーの一部であり、当然社員は全員ビルモントファミリーの構成員。

だからと言って別に毎日悪事を働いている訳ではない。

むしろ全体の業務の内、犯罪や暴力が占める割合は1割程度。

その業務内容は警護や用心棒等の力を活かしたものから歓楽街でのクラブや商店の経営に土木、建築業に運輸代行業等と多岐に渡る。


「フリンジの叔父貴はララディース婆さんの所に行くから今日は戻らない」

『うっす』

「ドレルは来月の物資輸送護衛の件で手配する人員の選別と指導だ」

「了解です」

「バーニィはクラブの方から新しい店を出したいって話がきてるから支配人から詳しい話を聞いて来い」

「わっかりました~」

「ロック。お前は俺と一緒に来い」

「うすっ!」


3人が威勢よく返事を返す中、ようやく足の痺れが取れてきたトムソンが恐る恐るクロードの方を見る。


「兄貴。オイラは?」

「留守番だ」

「ですよね~」

「昼にはラドルとオックスが出張から戻るから俺達の予定を伝えておけよ。もし、昨日みたいに気を抜いた真似をしやがったら・・・分かってるな?」

「誠心誠意務めるっす!」


クロードの言葉にビシッと敬礼で返すトムソン。

その態度に呆れた様に溜息を漏らした後、残りの予定に関する話を済ませロックと共に事務所を出る。


「兄貴、最初はどこに行くんですか?」

「ゼドの所だ」

「ああ、一昨日の件ですね」

「そうだ。流石に奴等もそろそろ口を割った頃合いだからな。新しい情報があるだろう」


いくら普通の仕事をしていてもそこはやはり悪党。しっかりと悪事の方もこなしていく。

クロードとロックは会社を出てから10分程歩き、会社所有の倉庫の中に入る。

倉庫の隅にいた見張り役の舎弟2人と軽く言葉を交わし、倉庫の奥にある地下へと続く隠し階段を下りる。

階段を降りた所にある分厚い鉄の扉を潜った瞬間、2人の視界に大きく分厚い男の背中が飛び込んでくる。


「相変わらずデカい背中だなゼド」

「ぞの声はクロードの兄貴」


クロードの声に反応して振り返ったのは2m50程の身長の大男。

彼の名はゼド・バーキス。

ボルネーズ商会の尋問担当者で巨人族ジャイアントと呼ばれる種族の男だ。


「おや兄貴、今日は少し顔色が悪いみたいだけど」

「・・・気にするな」


言ってクロードはロックと共に部屋の中に入る。

部屋の中には湿気と血の生臭さ充満しており、長くいると気分を害しそうだ。

普段から環境の悪い場所で働かされている事に嫌そうな顔一つせずにクロードに穏かな笑顔を向けるゼド。

その足元には一昨日捕まえたらしい男達が横たわっている。

"らしい"というのは元の顔がどうだったのか判別が出来ないぐらいに顔が変形した上、ボコボコに腫れ上がっていて分からないからだ。


「今回は随分と念入りにやったみたいだな」

「はい。社長からは頭と胴だけ残せばいいと言われましたが、手足を斬るのは可哀想なのでなるべく最後の手段にしようと頑張りました」

「・・・なるほど」


だから情報を吐くまで殴り続けたと言いたい様だがそれはそれでどうなのだろう。

確かに手足はちゃんとついているが、顔が原形をなくす程殴られるのと手足を失うのと果たしてどちらがマシだったかと聞かれると正直微妙な気がする。

しかも五体満足で生き延びた所で最終的には他勢力の手に渡って拷問の末に消されるのだからむしろ苦しみを長引かせているだけの様な気がしないでもない。

ゼドは尋問担当という仕事からは想像し辛いがとても気の優しい人物だ。

ただあまり頭が良くない為、こうして気の使い方がおかしな方向に働いたりする。

元は他勢力に騙されてる形で所属しておりクロード達と敵対していたが、抗争の末クロード達が相手組織を壊滅させた際に情けをかけてこちらへ引き入れた。

ただ他の構成員と同じ扱いという訳にもいかないのでこうして尋問担当という汚れ仕事をやらせているが、思いのほかうまくやっており組織内の評価も悪くない。


(いずれは尋問担当を辞められる日も来るだろう)


もっとも本人がそれを希望するかどうかは不明だが。

ともあれ今はそんな事よりも情報だ。

期限が決められている以上、なるべく早く情報を引き出す必要がある。

必要な情報さえ手に入れば後は連中を引き渡すだけだ。

その結果彼等がどうなろうが知った事ではない。


「で、まだ手足がついてるって事は何か喋ったのか?」

「はい。なんでもガルネーザファミリーのリットンという男の指示だったみたいです」

「・・・リットンねぇ」


他地区で子飼いにしている情報屋の話で名前は耳にした事がある。

確か少し前に幹部になって最近に急に名が知られるようになった人物である。


(そいつが今回の黒幕か。狙いは何だ?)


わざわざ外部のチンピラをけし掛けて自分達の街の銀行を襲撃させ、その上でこの第七区画レアドヘイヴンに逃げるよう仕向けた。

後から強盗達の潜伏先を調べさせた話だと長く逃げ回れるだけの用意があったという話もある。

そこに何らかの狙いがあるはずだ。


「こっちに潜らせて何をさせるつもりだったかは分かったか?」

「それなんですがしばらく潜伏した後、隣の第六区画に逃げる予定だったみたいです」

「第六区画だと?」

「はい」


それはかなり妙な話である。

こういった場合、国外に逃げるならばまだ逃げ遂せる可能性があるが国内にいればいずれ見つかる可能性が高い。

しかも区画を通過する度に追手のマフィアを増やす事になる。

そんなリスクを負う理由が分からない。


「第六区画に協力者でもいるのか?」

「いえ、そういうのはいないみたいです」

「何?じゃあどうするつもりだったんだ」

「それが・・・向こうでも強盗するつもりだったみたいです」

『はぁ?』


声を揃えて間抜けな声を上げるクロードとロックは足元に転がる男達を見下ろす。

この馬鹿共は本当にそんな事が可能だと思っていたのだろうか。


「それもリットンの指示なのか?」

「いえ、それは本人達がこの街に逃げ込んだ後に考え付いたらしいです」

「・・・本物のバカだな」

「バカすぎですね」


いくらなんでも考え無しすぎて呆れてしまう。

いや、だからこそリットンに利用されたのかもしれない。これ程の馬鹿共なら扱いも容易いだろう。


(さて問題はこれがリットンという男の独断行動か、それともガルネーザファミリーの総意による計画なのか、その辺りも気になる所だな)


その辺りの事はここにいる連中に聞いても分からないだろう。

リットンは恐らく最初から彼等を使い捨てにするつもりだったはずだ。

何せ敵対関係にある組織の支配下に人を送るのだ、捕まればただでは済まない事等馬鹿でもわかる。


(ただ、今回は向こうも少しは慌てている様だな)


その証拠にこちらへの返還要請が早すぎる。

こういったケースでは本来、捕まえた下手人を引き渡すまである程度期間を設けるのが通例だ。

それが迷惑をかけた相手方への礼儀でありマフィア同士の暗黙のルール。

しかし今回はその期間を設けない即時返還要求。

長く逃げ回らせるはずだった連中が送り出して1日で捕まったのだからそれは慌てもするだろう。

恐らく情報が漏れる事を嫌がったというのもあるだろう。

強盗達にもある程度脅しをかけて情報を漏らさない様に伝えていたから中々口を割らなかった様だが今回は捕まった相手が悪い。


「しかし何が目的なんすかねそのリットンって野郎」

「さあな。今ある情報だけだとまだ何とも言えないな」

「このままだと抗争になっちまいますよ」


もしかしたらそれが狙いなのかとも思うが、ガルネーザファミリーとビルモントファミリーでは戦力的に見てビルモントファミリーが有利というのがクロードの見解であり、それはガルネーザファミリーの首領も同じ様に考えているはずだ。

ハッキリ言ってやりあえば損をするのはガルネーザの方だ。

そんなリスクを負ってまで仕掛けてくる意味はない様に思われる。


(それはリットンという男がガルネーザに忠誠を誓っていればの話だが)


このリットンという男。相当なやり手の様だが何か妙な気がする。

新参者という事もあるし情報屋にもう少し詳しく調べさせた方がよさそうだ。


「他に何か情報は引き出せたか?」

「そうですね。もう何もないと思います」


そう言ってゼドが足元の男を見下ろすと、僅かに開いた目から涙を流しながら男が何度も頷く。

流石にここまで痛めつけられて口も軽くなったらしい。

今なら初恋の相手だって喜んで語ってくれそうだ。


「念の為もう少し尋問しますか?」


その言葉を聞いて倒れている男達は青い顔をしてガタガタと震えだす。

余程のトラウマを植えつけられたらしい。しかしそれも自業自得なので同情の余地はない。


「いや、もういい。午後にはそいつらを引き渡すから身綺麗にさせておけ」

「分かりました」


強盗達からはこれ以上の情報は引き出せないだろうし、やりすぎて死なれてもそれはそれで面倒だ。


「本部から受け取りの人員が来たら今日はもう帰っていいぞ」

「本当ですか」


その言葉を聞いて嬉しそうな顔をするゼド。

何せ尋問が続くここに缶詰で家に帰る事が出来ないのだから気持ちは分からないでもない。

それにこう見えて彼は新婚。早く家に帰りたいだろう。

クロードは懐から財布を取り出すと数枚の紙幣を抜いてゼドに差し出す。


「少ないがこれで奥さんとうまい飯でも食べるといい」

「ありがとうございます兄貴」


いい笑顔で金を受け取るゼドを見て、新婚にこんな仕事をさせている事に少し罪悪感を感じる。

ゼド自身は以前の所属していたファミリーよりも待遇がいいとは言っているが、それでもやはり他の現場に回してやった方がいいと思う。

今度フリンジに進言しようと決めたクロードは財布を懐に収め、ロックを連れて部屋を後にする。


「これからどうします兄貴?」

「そうだな。まずはリットンとかいう男について調べるか」


丁度、午後には子飼いの情報屋が顔を出す約束になっている。

その時に今回の件についても依頼をするとしよう。

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