第50話 付与液の行方

 ニコライおじいちゃんのお店は、中央地区と南部地区の間にある。人の行き来も多く、中央とのつながりも強い。僕としては、ここで情報が得られなければ、どこにいってもダメなんじゃないかと思ってしまうほど条件はいいし、期待もしている。


 そんなことを言ってしまえば、兄さんあたりに「人に頼りすぎるな」と怒られてしまうかな? でも、手がかりがほとんどないんだから仕方が無いよね?


 と、何でこんな無駄なこと考えているかというと、周囲の視線が痛いからだ。


 向かいから人が近づいてくるけど、騎士を引き連れて大通りを歩いている僕を見ると、厄介ごとにかかわりたくないと言わんばかりに、さーっと避けられてしまう。多分、もしかしたらだけど、集まっている全員が険しい表情をしていることも拍車をかけているのかもしれない。


「汚い看板が見えてきたな」


 汚れているというか、適度に色落ちした建物は老舗のお店といった雰囲気をだしていた。僕はこういった古臭い高級感に憧れるんだけど、兄さんはちょっと感覚が違うみたいだ。きっと美的感覚がおかしいのだろう。


「それは言い過ぎ。仮りにそうだったとしても、僕のお店よりかはマシだよ」

「確かにな! あれは、ない方が客が来るレベルだからな!」


 さすがに言い過ぎだよ。と思ったけど、木の板はひび割れ、風化によって文字は読めないほどかすれている。あれはあれで味があって良いかなと思っていたんだけど、冷静に考えてみれば度が過ぎていたかな? 他人からすると閉店した店にみえるかもしれない。うん。だからお店に客が来なかったんだ。この事件が解決したら変えよう。


「じいさん生きているか?」


 僕を押しのけて兄さんがお店のドアをぶち開けた。壊れるんじゃないかと思うほど大きい音を立ててたけど、なんとか無事なようだ。


 騎士がドカドカと音を立てて乱入したことによって、ニコライじいちゃんと見習いのコウ君は唖然としており、店にいる人は一斉に逃げ出してしまう。


 客は誰一人居ない。

 これ、もしかしなくても営業妨害だよね……。


「勝手に人を殺すな! それにだ、客が怖がって逃げてしまっただろ! どうするつもりだ!」

「少しぐらい減っても問題ないだろ」

「客が減って困らない店があったら教えてもらいたいものだな!」


 兄さんとニコライじいちゃんがにらみ合う。二人とも強面だから迫力がある。僕たちは一歩も動けず、見守ることしか出来ない。


 気の強い兄さんは子供の頃からニコライじいちゃんとは相性が良くなかったからなぁ。こうなってしまうのもある意味、当然なのかもしれない。


「急用だ。聞きたいことがある」

「それが人に聞く態度か?」

「クリスが助けを求めている。だが、詳しいことは聞くな」

「お前、弟の名前を出せば折れると思ったか?」

「……」

「…………ちっ。で、何が聞きたい?」


 しばらくの間お互いに無言だったけど、今回はニコライじいちゃんが根負けしたようだ。


「クリス!」

「僕を呼ぶなら、最初から任せてくれても良かったのに」

「人払いが必要だったからな。時間がないから強引にさせてもらったまでだ」

「そんなことばかりしていると敵だらけになるよ?」

「そのときは、そのときだ」


 あぁ。こんなときに頑固モードに入ってしまった。今後のことなんて考えずに、強引に話を進めようとしている。

 放置すると情報収集に支障をきたすかもしれない。ニコライじいちゃんと話す前に、機嫌を直してもらう必要があるか。


 そう思ってもう一度声をかけようとしたら、両肩に手が置かれた。


「私たちが後で言っておくから。ね?」

「クリス君は大切な人のために頑張るんでしょ?」


 エミリーさんとナナリーさんはそう言うと、僕から離れて兄さんに抱きつき、甘い声を出して労う。


 驚いたことに兄さんはそれを素直に受け止めるどころか、だらしない顔をして機嫌が急速になおっていく。


「そっか、家族のように支えてくれる人はいるんだね」


 安堵と少しだけさみしい気持ちが心の中を過った。

 感傷に浸りたい気分になってきたけど、今はそれどころじゃない。兄さんは彼女らに任せるとして、僕はニコライじいちゃんと話さなければ。


 先ほどの出来事を振り切るように、再び歩き出す。


「助けて欲しいこととはなんだ? 坊主の店と違って忙しいからな。あまり時間はとれんぞ」

「ニコライじいちゃんに何かをしてももらいたい、というわけじゃないんです。ただ、知っていることを教えてもらえませんか?」

「何が知りたい?」

「ラウム液とエスパス液の両方もしくはどちらかを、半年以内に大量購入した人を知っていますか?」

「転移系の魔方陣に使う付与液だな」


 ニコライじいちゃんは静かに腕を組んで目をつぶり、数秒待つと口をひらいた。


「顧客情報は渡せん、と言いたいところだが、それ以前の問題だ。その二つを取り扱っているという店は、ここら辺にはないな」

「え? 貴重だとは思うけど、さすがにないなんて……」

「戦争が終わってから、公爵家が全て買い取るようになった。アレは戦時中、よからぬことに使うヤツも多かったからな。一般には流通しなくなった。もちろん製造も禁止だ」

「知らなかった」

「家に引きこもっているから外の流れに取り残される。これを機に少しは他人に興味を持つことだな」

「あはは、そうします」


 まさか販売停止しているとは!

 人付き合いの悪さがこんな風な出てくるとは思わなかった。自業自得かもしれないけど、なんともタイミングが悪い。


「付与液を取り扱っている公爵家の人に当たれば、たどり着く?」

「いや、それは難しいだろう。その辺はレオが調べている。内部の犯行を疑うのは当然だからな。何かあればもう報告が上がっているはずだ」


 彼女の二人を引き連れて、機嫌を直した兄さんが僕に言った。


 個人的な感情を抜きにすれば嫡子の家庭教師であるレオは優秀で、僕と同じ結論にたどり着いているはずだ。彼が動いているのであれば、公爵家が購入している付与液から事件の中心にたどり着くのは難しいだろう。


「もしかして、魔術陣を使うという考えが間違っていた……のかな」


 僕の専門分野だ。仮説に自信はあった。でも今、それが揺らいでいる。


 僕の知っている魔術や付与とは異なる体系の技術で呼び寄せるのか? ヴィクタール公国は島国だから大陸側から流れてきた!?


 もしそうなら、はっきり言ってマズイ。僕らには手がかりが何一つ無いどころか、予想すら出来ない。情報を集める時間が圧倒的に足りない。


「コウ、お前は何か知っているか?」


 僕は本当に酷い顔をしているのだろう。仏頂面だったニコライじいちゃんが、気の毒そうな表情を浮かべながら、近くで作業をしていた見習いの彼に声をかけてくれた。


「え? 僕ですか?」


 コウ君は、手を止めて自らに指を差して驚いていた。


 それはそうだろう。ニコライじいちゃんや僕が分からないことを、彼が知っているはずもない。知識、経験、技術、その全てが圧倒的に劣っているからだ。せめてあと数年経過していたら、新人の発想に期待できたと思うけど、それを今のコウ君に期待するのは酷な話だ。


 もう、ここには用がない。可能性は限りなく低いけど、他の店にも聞いてみよう。もしかしたら新しい発見があるかもしれない。


 僕は戸惑っているコウ君を無視して、ニコライじいちゃんに別れの挨拶をする。


「お邪魔しました。他を当たってみます」

「力になれなくてすまないな」

「いえ、僕の方こそご迷惑をおかけしました。落ち着いたら、今度は客としてお邪魔させていただきます」

「おう! サービスするぜ!」


 ニコライじいちゃんのまぶしい笑顔を見てから体を反転させようとしたところで、何かを言いよどんでいたコウ君が視界に入った。


 数秒間見つめ合うと、意を決したよう顔をした彼が口を開く。


「あの、見習の間で流行っている噂が、もしかしたら役に立つかもしれません」


 予想外の人物から援護をもらえた僕は、返事を忘れて口を開けたまま立ち尽くしていた。

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