第19話 リア公爵夫人の役割
「母様! こんな男、会う価値すらありません! 私の先生の方が絶対に優れています!」
ケルトだけが立ったまま僕を非難している。何をしたっていうんだよ。
クソッ。相手が貴族でなければ、魔術の一つでも放って黙らせるのに!
「ケルト。私たちとリアでは役割が違います。この場で優劣をつけることは出来ません。分かっているでしょ?」
「ですが! たかが平民です。実戦経験は多少あるようですが、それだけです!」
「実戦経験。それが重要なのですよ」
ケルト様は僕の事を目の敵にしているようだけど、コルネリア様は違った。ただ冷徹というか、合理的というか、あまり人の温かみが感じにくい人だ。美人なのに、もったいない。
「ケルトも座りなさい」
たった一言でケルト様を座らせると、小さくため息を吐いた。手のかかる子供に苦労する母親。正解なのか分からないけど、僕にはそう感じられた。
「あなたがアミーユの家庭教師にふさわしいレベルか、見極めるために来ました」
コルネリア様の僕を品定めするような視線が痛い。思わず逃げ出したくなるが、アミーユお嬢様の家庭教師は始まったばかりだ。ちょっと睨またからと言って、逃げ出すような姿は見せたくない。
師匠としてのプライド。いつの間にか、僕の中にもあったみたいだ。それが今、僕を支えてくれている。
「コルネリア様! クリス様は、お母さまが選んだ方です。試験など必要なのでしょうか?」
アミーユお嬢様が、コルネリア様の会話を中断させてしまった。
「リア? あなた、まだ教えてないの」
コルネリア様は、きょとんとした顔をしている。キツイ人が見せる一瞬の隙。僕の緊張が全て吹き飛んでしまった。
人妻だという事実を忘れて、可愛いと思ってしまった僕を責められる人はいないだろう!
「クリスの授業が落ち着いてから教えるつもりでした。申し訳ありません」
「ならいいわ。今、説明しましょう」
僕が馬鹿なことを考えている間に、2人の間で話す内容が決まったみたいだ。
「アミーユ。私は魔術師長として、周辺のモンスターを退治しているのは知っているかしら?」
リア公爵夫人が、隣に座るアミーユお嬢様に優しく話しかける。
「はい! この前もオーガーを討伐されていました!」
「そうですね。あの個体はクリスと共に討伐しました。でもね。公爵夫人ともなれば、モンスター退治に参加することはありません。戦っているところを見たことはある?」
「……ありません」
「そうよね。それが普通なの」
「では、なぜお母様は戦われるのですか?」
それは僕も気になっていた。いくら肉の盾となるハンターがいても、危険な特殊個体との戦闘に公爵夫人は参加しない。
たとえ正妻じゃなかっとしても、それは変わらない常識だ。
「先の戦争で多くの兵士……特に魔術師が亡くなってしまいました。モンスターとの戦いに、魔術師は必要なのに、数が足りません」
戦争はなんとか勝ち残ったけど、傷跡は大きいからね。モンスターの脅威があるのに人間同士で争うなんて……普通ここは、力を合わせてモンスターを駆逐はずなのに。
残念だけど、世界が変わろうが人間が愚かなことには変わりないってことかな。
「さらに近年はモンスターの活動も活発的になり、被害が増える一方です。ハンターのおかげで通常のモンスターであればなんとか討伐できていますが、特殊個体のような強力なモンスターだと、彼らでは太刀打ちできないでしょう」
その通りだよ。おかげで、お得意さん全滅しちゃったしね。
「そこで公爵様は、モンスター討伐を主とする部隊を、新設されたのです」
「それが、お母様の部隊……?」
リア様が肯定するように、うなずく。
「私は部隊ができる少し前に公爵様と結婚をして、魔術師長になったのよ。”モンスターからの脅威を守る公爵家”を平民にアピールする意味も含めてね」
戦争で公爵様の評判は落ちていたからね……。公爵家の身内がモンスターと戦っていると聞けば、多少、溜飲は下がるか。
そのためだけにリア様と結婚して……ってあれ? そうすると、もしかしたらアミーユお嬢様は血が繋がっていない!?
「強力なモンスターが出現した場合の切り札として、私たちがいるのです。それは私だけではありません。リア、あなたもその仕事を引き継ぐのです」
「モンスターと戦える魔術師に育ってもわらないと困るのよ」
リア様の話をコルネリア様が引き継ぐ。
だが、語りかける相手はアミーユお嬢様ではなく僕だった。
「クリス。あなたの実績は悪くありません。リアが家庭教師に選んだのも理解できますが、アミーユを預けるには不安が残るのも事実です。ですから、この私があなたの実力を測るために来たわけです。分かりました?」
「はい」
何をさせる気なのだろう? やっぱり逃げ出しておけばよかった。まぁ、リア公爵夫人の依頼を受けた時から、そんなタイミングはとうに過ぎているんだけどね……。
「それでは試験を受けてもらいましょう。合否が判明するまでは、家庭教師は中断して結構です」
急な来訪の目的は、あくまで僕の実力を測るためなんですね。いいでしょう。アミーユお嬢様の師匠として受けて立ってやります!
「それで、試験の内容とはどのようなものでしょうか?」
「試験は3つです。まずは、モンスターとの戦い方を観察します。この屋敷の中庭にオーガーが1匹、檻に入っているので、武器を持たずに魔術だけで見事倒してみせなさい。その戦い方を見て私が評価を下します」
僕の正面に座っているケルト様は、試験の内容を聞いいてイヤらしく笑っている。この僕が、この程度の試験をクリアできないと思っているのだろうか?
悪いけどオーガー1匹程度なら、僕一人で確実に倒せる。そのぐらい力量に差があるんだけど……でもそんなことを、この場で言う必要はないか。試験は簡単であればあるほどいい。それに圧倒的な力を見せつけて、変なちょっかいを出す気力を根こそぎ奪い取る良い機会かもしれない。
「その試験、ケガひとつ負うことなくクリアしてみせます」
「よろしい。見事に乗り切ってみなさい」
威勢の良い返事を気にいたのか、コルネリア様は満足そうにうなずくと、使用人に声をかける。
そんな様子をぼーっと眺めていた僕に、ケルト様が険しい顔をしながら話しかけてきた。
「お前、さっきは威勢のいいことを言っていたけど、さっさと負けを認めたほうが賢明だぞ?」
ふーん。確かに研究所に篭るようなタイプの魔術師、付与師であれば、素手でゴブリンと戦うのは無謀だ。僕もそのタイプだと思われているのかな? だとしたら心外だ。ケルト様の認識を改めてもらおうかな。
「ご配慮ありがとうございます。ですが私は、研究所に引きこもっているような、ひ弱な付与師ではありません。負けることなど万が一でもあり得ません」
僕の態度が気に入らなかったのか顔を引きつらせている。
「それは、この俺の家庭教師をバカにしているのか?」
ん? なんでそうなるんだ。もしかしてコンプレックスを刺激しちゃったかな?
「気分を害されたのであれば謝罪いたしますが、ケルト様の家庭教師が誰なのか存じ上げておりません。そんな私が、どうしてバカにできるのでしょうか?」
確かに研究所にこもりきりの魔術師、付与師は嫌いだ。だからと言って、ケルト様の家庭教師をバカにするほど無謀でもない。僕は単純に知らなかっただけだ。でもそれは、地雷を踏んだ言い訳にはならない、か?
「苦し言い訳だな」
ケルト様は、まだご立腹のようだ。どうやってこの場を切り抜けよう。そう悩んでいると、コルネリア様たちの会話が終わったようだ。
「ケルト。見苦しい真似は止しなさい」
「でも母様!」
「同じことを二度言わせる気ですか?」
コルネリア様の眼力に負けて、黙って下を向いてしまった。反抗期でも、母親には逆らえないか。
「さて予定通り、これから試験を始めます。中庭に出て準備してなさい」
準備なんて必要ないけど逆らう意味もない。僕は素直に従って部屋を退出した。
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