ミニチュア

 ――なんだ、金取るのかよ。


『720円』と言う金額を見て、怒りとも落胆とも取れない、何とも妙な感情が沸き上がった。


 お土産屋、書店、カフェ……

 当てもなくあちこち彷徨ってようやく1時間潰し、高速バスの発車時刻まで、あと1時間。一体どうやって過ごしたら良いものか、考えあぐねた末に辿り着いた場所が、JRタワーの38階展望室。

 正確に言うと、展望室へ続く専用エレベーターがある6階の券売機の前。


 外は夕暮れから夜に変わろうとしており、気温は一気に下がった。もう屋外に出る気はない。

 38階からの眺めに720円を払う価値があるかどうかは分からないが、とりあえずプライスレスだと信じる事にしよう。


 券売機に1,000円札1枚と10円玉2枚を入れ、100円玉と入場券を乱暴に握ったまま上着のポケットに手を突っ込む。


 ――小銭が増えるな……


 そう呟いて、天国好きのエレベーターへと乗り込んだ。


 ――おお……


 ガラス越しに札幌の街並みを見下ろした瞬間、自分の財布から720円が消えた事など、頭から消し飛んだ。

 碁盤の目のように区切られた道路、びっしりと隙間なく敷き詰められた建物、車、電車、そして人。私を押し潰しそうなビルも、道路を埋め尽くす車やバスも、全てがミニチュアサイズになっている。


 それらの放つ光が雪に反射し、オレンジ色や青色などが混じった不思議な輝きで、日本第5の都市を浮かび上がらせていた。

 その光の川の中を、ヘッドライトとテールランプを点灯させた小さな魚達が泳いでいる。直進する魚、右に曲がる魚、左に曲がる魚、止まっている魚……


 やがて、長い魚がゆっくりと近付いて来た。


「JR」と呼ばれるその魚は「駅」と呼ばれる餌場で人間を吐き出し、そして飲み込み、はるか遠くへと泳いで行く。


 そんな熱帯魚観賞を、一体どのくらいしていただろうか。


「可愛いねー」


 少し前を歩いていたカップルらしき男女がスマートフォンを両手に持ち、ニコニコしながら写真を撮っている。

 なるほど。カップルで見たら、これが「可愛い」になる訳か。理解できなくはない。


 ――「写真、お願いします」なんて言われたら面倒だ。


 一瞬だけ共感の念を覚えたが、すぐにカップルの反対側に移動し、遠くを見た。

 都会が好きではない私は、札幌が特段良いとは思わない。いろいろなものがあって、賑やかで、キラキラしていて……それらが全て、寂しさと不安の裏返しではないかと思えてくる。


 寂しさを、不安を覆い隠す目隠しだ。

 寂しいから、不安だから群れて、肩を寄せ合って、確かめているのだ。


 ――私達、寂しくないよね?

 ――私達、ひとりじゃないよね?


 そして、そう思えば思うほど、自分もまた、寂しい人間に思えてくる。


 数時間後には、この煌びやかで『可愛い』街には遠く及ばない、暗い水の底のような場所へと帰って行く。


 ――広いな、北海道は……


 だから、もうしばらくこのミニチュアの街を眺めていよう。

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