マジックアワー

 もうすぐ陽が落ちる。空が見る見るうちにオレンジ色に染まっていく。

 私は窓の方をチラチラと見る。


 カメラ好きの彼が言っていた。


 ―――「陽が沈んで夜に切り替わる、ほんの数分間しか見られない辺り一面がダークブルーに染まる景色を「マジックアワー」って言うんだ。


 カメラにも写真にも興味のない私は「へぇ」と生返事しただけだったが、


 ―――職場が15階なんて羨ましいよ。空が近いじゃない!


 と言われて以来、何となく窓から見える景色に意識を向けるようにした。


「いいねぇ、夕焼けを楽しむ余裕があって」


 と言う上司の嫌味に対し、


 ――夕焼けを楽しむような余裕がない、お前みたいな人間になってたまるか!


 と毒づく。


 私は芸術には疎い。


 音楽は最近流行っているJ-POPを何となく聞き、写真はスマートフォンのカメラで何となく撮る。

 本もあんまり読まないし、画家はピカソとかモネとかダリとか、名前だけ知っている、そんな程度。


 それに比べて彼は……


 とにかくいろいろなジャンルの音楽を聞き、写真はプロが使うような一眼レフカメラとレンズ。


 本もたくさん読むし、絵画にも詳しい。なーんでこんなに趣味嗜好が違う人と付き合ってるんだろうと不思議に思う。


 ただ、彼は私に自分の趣味を押し付ける事も、長々とうんちくを語る事もしない


 興味のない私を少しずつ少しずつ、そしてさりげなく自分の方に引き込む、そんな上手さがある。


 おかげで最近は私から「美術館に行きたい」と言うようになった。今までの私なら、美術館なんて「絶対に行かない場所」のナンバーワンだったのに。


 辺りは少しずつ暗くなる。空は赤や紫や青がグラデーションのように重なり合う。


 マジックアワーが近付いて来る……


 私はカメラを構えた。


 きっと彼もこの空の下でカメラを構えているに違いない。



「私のマジックアワー、採点して」



 写真と一緒に彼にメールを送った。



「おまけして40点だな」



 ……何よそれ



「指導してください、先生」



「俺は厳しいぞ」



「付いて行きますよ」



 マジックアワーが過ぎ去り、街のあちこちに明かりが灯り始める。


 すっかり暗くなった世界で、私は煌々と光るスマートフォンの画面を見つめていた。




 辺りは暗くなったが、私たちの未来は……





 明るいかも。

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